1日雑記

2004年02月23日(月)

別に最近考え事をしていないわけではない。

電車に乗る時間も増えたし、色々くだらないことは考えているが
前のように日記に書いていない為
恐らく後日思い返そうとしても無理だろうなぁ、という戯言。


例えば電車に乗りながら
これだけ人がいながら会話が無く
恐らく同じことを考えている人もいないであろう、とか。
アレだけ人がいながら、会話の一つも無く
何のつながりも無い人が一つの空間に押し込められる。

これって滑稽だと思うのは私だけなんでしょうか?


例えば先日(といってもかなり前)の新聞の話。
女子高生だったろうか、
「女の子くせに〜」というようなことを先生に言われたという内容。
それに対してタレントである、ピーコ氏がコメントをしていた。
それなりの文章の長さでかかれていたが要約すると
「ロクに社会も知らない子供が
 言葉じり捕らえてどこかで聞いたような批判するくらいなら、
 注意されたことに対する自らの行いを恥じろ」って事だったと思う。

それにしても高校生というのは
大人が思うほど子供ではなく
自分達が思っているほど大人ではないのだな、と。

これがなぜだろうか?と考えたりしたわけです。
高校生ともなると、自ら考え、結論を出すということをしている。
理屈に沿って。
そういう面では、社会(大人)が言うほど子供ではなく
保護する対象というよりは責任をとらせるべき対象だと思うわけだ。

ところがどっこい、この「自分で考え」という部分がくせもので
経験の少なさから、すこし軽薄な結論に至ることが少なくない。
そういう面では自分達が思っているよりはきっと子供なのだろうと。


これと少し関連することではあるが
例えば先日チャットをしていた。
そこで年齢は分からないまでも、軽い口論をしてしまったわけだ。

ふと思ったのである。口論の後。
例えば私は教職の免許を取れる。
=教員になれる可能性があったわけだ。

ネットという環境を考えた上で
口論の相手が高校生ということも十分に考えられる。

ということは、学校の教員と高校生の口論という図式が成り立つわけだ。
……傍から見るとどうだろう?
あまりにも間抜けじゃないだろうか?

というわけで少し反省。


就職ということを考えて、ちょっと思うわけである。
プロとアマの違いは何であろうか、と。

要約すると、期日を守ることなのだろう。
それがプロとしての責任であり
時間をいくらでもかけられるアマとは違うところであると。

プロであるならば、あるいはプロを目指すなら
この境界をきっちりと見極める必要があるのではないだろうか。


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