例えそれがどんな事であったとしても 真剣になれることがあるのはいいことだ。 ……そんな言葉を何度か聞いたことがあるような気がする。
少しとらえ方を変えると 例え、自分にとってそれほどくだらない事だとしても 世の中には真剣になれる人も居る。
一言で言ってしまえば価値観の相違なんだけどね。
しかしながら、俺は時々自分のしてる事に 意味があるのか考えてしまったりする。 それは、後になって今過ごしている時間が 無駄であったと後悔する日が来るのではないかと思うから。
で、何故そう思うかとさらに考えてみれば 後で後悔する自分は、普遍的なものの考え方をするという 前提を無意識のうちに作っているからかな、と。
三つ子の魂百まで……だっけ? 人ってのはそうそう変わるものでもない。 にもかかわらず、今のあり方を後悔するのであれば それはきっと考え方が変わるからである。
きっと今の価値感と今後の価値観が変わってしまったときに 人って言うのは昔の自分の在り方を後悔するんじゃないのかな?
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