1日雑記

2003年08月12日(火) 少し長い話

毎度毎度ですが、ばかばかしくてよく分からない話に付き合ってください。

先日、歩いていたらセミが死んでたわけです。
こういう昆虫とかの死については、はかない、とか
色々なことがいわれます。

小学校だったか、読んだほんでは
蜻蛉の一生(だったかな?)などという文がありまして
小さな体に一杯の卵と、すぐに死んでしまう虫についての
色々な話が載っていた気がします。

これらの生きる事の意味、を一語で語るならば、
種の存続のために、ってことで終わります。
各個体の意味について考えるのは人間くらいですし、
それをさせるのは知能って部分です。

だから、種の存続、だけでもいいと思うのですが
あえて別の考え方をしてみました。


例えばセミは、各個体で生きている意味はなく
実は人がしらないだけで、
セミという種、すべてを統括している意識があるのではないか、
ということです。
だから、セミ全体で、一つの意識を持ってるのではないかってことです。

例えば一度くらい、聞いたことがあるんじゃないでしょうか。
シムシティといわれる、町を作るゲームです。
あのゲームの中には『人』が居ますが
それぞれが意識を持っているわけではなく、
プレイヤーという『意識』のために
ゲームの中の人々が生きているに過ぎません。
その意識が色々な指示をだし、動きますが
中にいる人たちそれぞれの死については意味のない
必然のものとして扱われます。
プレイヤーのゲームを存続させるためだけに存在し
プレイヤーの意識さえ無事ならば、問題ないわけです。

妙な話ですが、人にしても
脳みそによって考える『意識』が存在し
それを神経などを通じて『細胞』という各固体が動きます。
各細胞は生まれたり死んだりしますが
意識が無事ならば問題ありませんし、
『人』という一つのものは意にも介しません。

それと同じように、セミの種という一つの意識があると考えれば
セミという各個体(人で言う細胞)は
死んでも問題ないのではないか、と。

もちろん、その性質から、その事実を人は知りません。

では、何故この考えに抵抗があるのでしょうか。
答えは簡単で、セミ一匹一匹が、バラバラに存在してるからです。
細胞とかはくっついてるけど
セミとかは各個体がバラバラに生きているから
それ全部で意識があるなんて考えないわけです。

でも、ふと考えれば
空気中という空間を通して
『意識』を伝えることは普段から行ってます。
例えばリモコンや、ラジコン。
あれはコントローラーから、本体を動かす事をしてるわけですから。

これに当てはめれば、もしかしたら
セミの鳴き声はこれに相当するかもしれません。

セミの種、という意思が、あるセミを鳴かせるという動作をすると
他の個体が近づいて、新たなセミというものを作ろうとするわけです。


まぁ、要するに本当はセミ単体ではなく
セミという種、全部で一つの意識を持っているのではないかという話し。

まったく分かりにくく、ばかばかしい話しにお付き合いくださり、
ありがとうございました。


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