仮に自分の中に 自分で肯定したくない要素を見つけたとしたら 他人(友人など)の中に身を置くことにより 自分の意志ではなく、他者と居ることを理由として その要素を自らの中に組み込んでゆく。
と、書いて少し思ったんだけど 物事を抽象的に捉えるのは 数学的な意味としては無意味ではないのだが 多くの場合自身の持てぬことに対して 抽象的に表現すれば 本質について述べることが出来、 それでいて自分の考えを否定されることはない。
要するに言いたい事はごく限定されたものであっても 視点を遠くに置くことで 否定も肯定も色々な観点で行えるようにする。
仮に否定されても、 それは自分の言いたい核心歩に突いての否定ではなく 決して自分を否定されることはない。
別にいいとか悪いとかじゃなくて。 自身を否定されることを本心から望んでいるような人は 人間として何かがまちがっている
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