1日雑記

2001年10月17日(水) 眠れぬ夜の考え事

―――それは昨日の夜の話


自身の思考がどうなったのかはわからない。
が、一瞬、本当に一瞬、
思考のすべてが自分の外部に出ないことに対して
発狂しそうになった。
…発狂までは脚色しすぎかな。

僕の…いや、人の想い、思考、考え、そういったものを伝えるのには
言葉、脳、身体…そういった枷が多すぎる。
伝えることのできないもどかしさ。

が、次の瞬間には気づく。

人の究極の願望の形に
相互理解というものがあるのではないかと思う。
現代、いや、過去にでも人が存在をはじめてから
今日に至るまで、たとえば結婚という形をとったりしてきた。
それは形式的なものなのか。
結婚ということの本質を考えるなら
現在の日本においては
種族の種維持本能に従った形を明確に
(他者に対しても)正当化するために
結婚という形をとる、そういうことだろうか?
本来、動物は選りすぐれたものの血を残そうとするが
人間においてはその限りではない。
そこには相手をより理解したい、
そういう願望も存在するのではないか?
…それさえも正確ではないか。
理解されたい。そういう願望がある。
つまり、相互理解そういう点を望み、
結婚という形に行き着く者も少なくないのではないか、ということだ。
ここで、恋愛の形としての結婚や
人は一人では…
などということをいう気はない。
言いたいのは、仮に人の願望の究極の形の一つとして
(生命体すべての)相互理解があるのなら…
それは禁断の果実。
人が肉体を持つ限りかなわぬであろう事象。
意識の共有、精神の共存。
それを望み、たとえば科学という蛇にそそのかされ
果実を口にしたとき、
仮に人が意識の共有化された海なかに漂うものになったとして…
人の得るのもはなんであるか?
理想の中に何かを求め、理想を目指し、
その中にある何かを手にしようとしたとき、
改めてその価値を見ることになる。

伝えることが伝わる。
一つの理想系ではあろう。
が、そこにあるもの。
それを考えたとき、不完全だからこそ成り立っているものに気づく。


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