想
目次|過去|未来
勉強の一環で「メディア」と何度も入力しなければならなかったが、 気づくとたまに「メシア」と打っていたりして、 科学の先端から反対側の端へと突き飛ばされたような感じになる。 文化のジェットコースター。金をかけずに遊ぶ。
勉強しながら、50年とか100年とかいった単位でモノを考えていると、自分の人生のなんと短く感じられることか。 あと何年かの間には子孫ができて(というのは希望だが)、 その後何十年かで僕の人生は終わるのだ(というのは確実である)。 世の中が、たった10年やそこらでどれだけ変わるというのか。 短い。あまりに短い。 もちろん、「いまや世の中の変化は急激でなんたらかんたら」というのもわかるが、本質的な部分では何らの変化もないのではないか、 実に具体的な変化であふれかえる現代は、小手先/見せかけだけの変化にとらわれて、その実、大した変化はないのではないか、 などと思ってしまうのである。この考えこそまったくといっていいほど根拠のない、漠然としたものではあるが。
自分が死んだ後にも世の中は少しずつ(結果的には大きく)変化していくのに、その変化を知ることができないというのはずいぶんつまらない気がする。
*** NHKのアナウンサーがさっきから「熊に襲われ…」というニュースを読んでいるが、 どうも「馬に襲われ・・・」に聞こえる。 「ま」の音が高いからだ。他局もそうだったかな。
|