想
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| 2004年03月27日(土) |
イスラエルとパレスチナ / 日記 |
イスラエルとパレスチナ。 報復の連鎖。
自分があまりにも無知だと気づいて、その反動か、「何かしなければ」と思ってしまった。 けれども、その「何か」がさっぱり思い浮かばないほど、僕はその問題に無関心を通してきた。
こっちの方面への僕の興味は、意外にもまだ衰えていないらしい。 まだ、というのは、平和という言葉が僕に小学校の卒業式を思い出させるからだ。 正確な言葉は覚えていないが、小学校を卒業する僕は、 「世界の平和のために何かできるような人間になりたい」というようなことを体育館のステージ上で宣言した。 冗談なのか本気なのかわからない、と考えれば今の僕となんら変わるところはない。 けれど、違うのだ。あのときの僕は、相当本気だった。小学6年生なりに。
その宣言はいつしか頭の隅に追いやられ、それでも僕は何の因果か‘あの’高校に入った。 高校生活は楽しくて、勉強は難しくて、人前に立つことや仲間の存在が僕にとってはすごく大きかった。 せっかくの恵まれた環境だったのに、僕はそれをフルに活用しなかった。 今になってほんの少しだけ、悔やまれる。
今の日本は、なんだかんだ言っても、平和だ。 自分の家族が自爆テロを起こして死ぬ確率は、自動回転ドアに挟まれて死ぬ確率よりも低い。 だから、自爆テロを起こした娘を持つ母親の気持ちなんて、理解できるとは思えない。
ある女性が死んだ。自爆テロで、「国のために」だ。 その母親のところに、同じ国の男が話を聴きにやってきた。 ビデオカメラを持ったその男は、問う。 娘のしたことを、ひとりの人間としてどう思うか、と。 その男は、何らかの意見を強制しているわけではない。 自爆テロ犯の遺族としての、母親の言葉を聴きたいだけのようだ。 とはいえ、彼が自爆テロを支持しているのでないことは明らかなのである。 こんな場面で無言の母親が何を思っていたか、僕にはわからない。 けれども、そこで自爆テロを批判することは、娘の死に方を否定することだ。 娘が選んで実行した正義を、母親の自分が非難することだ。 事件がおきるまで、娘の思いを母親は知らなかった。娘は、自分の意志で死んだ。 母親が男に、一体何を言えただろう。
けれども、その場の誰が悪いという問題ではない。 朝、家の外でお茶を飲んでいた20代前半の女性に、 その日の内に自爆テロを起こさせるような状況が、絶対的に悪いのだ。 それでも、状況とか社会とか歴史とかいう得体の知れないものを責め続けることは、できない。
報復に次ぐ報復。 僕に、何ができるだろう。
* NHKスペシャルへの、正直な感想。殴り書き。
* 一方で、自分の身の回りのことも満足にできなくて、何が国際平和だと思う。 この考えは変わっていない。 今思うと、ちょっとシュタイナー的かもしれない。
****** 前にも書いた気がするが、 過去の自分と今の自分を比べると、人が変わったのかと思う。 実際、変わったのかもしれない。いや、一部は確実に変わっている。
読んでいる人々の顔が思い浮かぶと、つい現実のことを多く書いてしまう。 自己顕示欲が強いから。たぶん。 その上、自分の内に籠っている時間が確実に減っている。 結果、ずいぶんとわかりやすい日記になった。 日記らしくなった、とも言える。
ないものねだりばかりしているところは、変わらない。 2年前に求めていた心境にかなり近づいているのではないかとも思えるが、 今の生活をずっと続けていくわけには行かないし、第一、これではただのダメ人間だ。 心は、空気のように穏やかでいい。一方で、 自分には、自分が納得できる積極的な存在価値を与えたい。
やることやらなきゃ。
*** 『ぴあ』を買うと、自分は映画鑑賞で破産するんじゃないかと思う。
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