想
目次|過去|未来
| 2004年02月01日(日) |
1月13日のできごと |
「オウム入居お断り」 その看板のようなものは他の景色と一緒に、常磐線の窓の外を流れていった。はじめ、人の声真似をする鳥のことだと思って、今までにそんなに迷惑な入居者がいたのかと一瞬想像した。(注:思い起こすとネタのようだが、あの時は本気だった。)次の瞬間、その「オウム」が正しくは何を指すのかやっとわかって、複雑な気持ちになった。そのぐちゃぐちゃとした感情の半分は、おそらく、悲しみだった。 かの団体とは特別に何の関係もないが(そうでなければこんなことを堂々とは書けないだろうし。)、なんだか不憫に思えることがある。過去に囚われなければ生きていけないことを思い知らされる気がするからかもしれない。単に、自分だって人から拒絶されることが怖いからかもしれない。
やってはいけないことをした。社会から排除されるようなことをした。その計画や予想できる結果や社会の認識を、知っていた人もいる。知らなかった人もいる。「悪いこと」だと思わなかった人もいる。「悪いこと」だと理解できた人もいるかもしれない。いないかもしれないが。 それ以前の問題だというのが本当のところかもしれない。客観的な評価や価値観などは存在しない世界なのだろうから。だから、そういう集団が存在したことがそもそも脅威で、驚異的で。けれども、外側にいる人間からは決して見えないこともあるのだろう。 僕のことを言えば、危ういから近寄らないというより、恐ろしさゆえに避けずにはいられないだけのことだ。その境目が見えなくなったとしたら。 ぞっとする。
本当に書きたかったのは新興宗教への見解でもなんでもなかった筈なのだが、予期せぬところに話が転んでしまった。「きっかけって怖いわね奥さん」という、「きっかけ話」の続きかもしれない。
|