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2003年08月03日(日)  『みづきちゃんと空色のバイク』

みづきちゃんは、パパと一緒にバイクのレースを見に来ていました。
レース場には、いろんな色のバイクがたくさんならんでいます。
赤いのや、黒いのや、水色と白がまざったのもあります。
みづきちゃんは、こんなにたくさんのバイクを見たのははじめてでした。

みづきちゃんのパパは、バイクが大好きです。
お休みの日には、いつもみづきちゃんをバイクのうしろに乗せてくれるのです。
初めてバイクを見たときには、音が大きくてこわいなぁ、と思っていたみづきちゃんも、
いろいろなところに連れて行ってもらううちに、バイクが好きになりました。

パパが、みづきちゃんに聞きました。
「美月はどのバイクを応援する?」
みづきちゃんは、ちょっとこまってしまいました。
こんなにたくさんの中からどうやって決めたらいいのか、さっぱりわからなかったからです。

今日のレースには2人の仮面ライダーも来ていましたが、
みづきちゃんは、仮面をかぶっている仮面ライダーは、あまり好きではありませんでした。

こまっているようすのみづきちゃんを見て、パパが言いました。
「美月の好きな色は何色かな? バイクの色を見て決めればいい」
みづきちゃんは、色とりどりのバイクをひとつひとつ見て、こう言いました。
「みづき、あの空色のにする」
「お、美月はなかなかセンスがいいな」
パパがほめてくれたようなので、みづきちゃんはうれしくなりました。
みづきちゃんがえらんだのは、まるで今日の真夏の空のように、
とてもきれいな、光る空色のバイクでした。

いよいよレースがはじまりました。
パパが乗るバイクよりも、ずっと大きな音がして、みづきちゃんはドキドキしました。
みづきちゃんは、空色のバイクが走っていくのをしっかり見ていようと思いましたが、
バイクはみんな、新幹線くらいにはやくて、どれがどれだかよくわかりませんでした。
しかたがないので、みづきちゃんは目の前にある大きなテレビのほうを見ることにしました。
そこには、たいていは1ばんや2ばんで走っているバイクが映っていましたが、
ときどき、みづきちゃんがおうえんしているバイクも出てきました。
そのたびにみづきちゃんは、「がんばれ」と空色のバイクをおうえんしたのでした。

少しとおくから、とつぜん、うわーっというたくさんの声が聞こえてきました。
みづきちゃんがそちらを見ると、もくもくと黒いけむりがあがっています。
テレビでも、男の人がなにか大きな声でさけんでいます。
びっくりしているみづきちゃんに、パパがやさしく教えてくれました。
「バイクが転んで、火事になっちゃったんだよ。」
みづきちゃんは、またびっくりしてしまいました。
パパが買ってくれたいちごのかき氷がとけていくのもわすれて、けむりのほうをじっと見ました。
バイクが火事になるなんて、たいへんです。
そういえば、このあいだパパと見た映画では、車が火事になっていましたが、
ヒーローが、乗っていた人を助けてくれたことを、みづきちゃんは思い出しました。
「仮面ライダーが、たすけてくれる?」
みづきちゃんは、しんぱいになって、パパに聞きました。
パパは、みづきちゃんを見つめたあと、大きな声で笑いました。
「どうかな。あの画面を見ててごらん」
そう言われて、みづきちゃんは、大きなテレビを見ました。
転んでしまったというバイクが映っていました。
けむりがまだ、もくもく出ています。
バイクからちょっとはなれたところに、男の人が立っているのが見えました。
どうやらその人が、転んでしまった人のようです。
みづきちゃんは思いました。
(仮面ライダーがたすけてくれるまで、もうすこしだからね)
けれど、しばらくしても、仮面ライダーはやってきません。
そのうちに、おそろいのうわぎを着た人たちがやってきて、
たおれたままになっていたバイクと、そのバイクに乗っていた人を、連れて行きました。
パパがまた笑って、おもしろそうに言いました。
「仮面ライダーの出番はなかったみたいだな。ほら、まだ走ってるよ」
たしかに、みづきちゃんも見ました。
仮面ライダーは、火事などしらんぷりのようすで、びゅんびゅんと走っています。
(じぶんかってな仮面ライダーだなぁ・・・)
「パパ、やっぱり、みづきは仮面ライダーおうえんしなくてよかった」
「そうだな、ヒーローなのにズルいよな、自分だけ先にいっちゃうなんて」
みずきちゃんは、本当にパパの言うとおりだと思いました。

しばらくすると、まわりにすわっていた人たちが、つぎつぎとせきを立っていきます。
「みんな、どこにいっちゃうの? まだみんな走ってるのに、もうレースは終わっちゃったの?」
「違うんだよ、美月。このレースは、暗くなるまでずっと続くんだ。
 だけど、そんなに長い時間こんな暑いところに座ってたら、イヤになっちゃうだろ?
 だからみんな、遊園地で息抜きしたり、プールに入って涼んだりするんだよ」
みづきちゃんは、びっくりしてしまいました。
まだお昼をすぎたばかりなのに、夜までなんて、たいへんです。
2人の人たちがじゅんばんこにバイクに乗るわけが、やっとわかりました。
それに、みづきちゃんは、もうひとつおどろいたことがあります。
プール! パパはたしかにさっきそう言いました。
みづきちゃんは、プールが大好きでした。
夏になると、いつもパパがどこかのプールに連れて行ってくれるので、みづきちゃんは夏が大好きなのです。
でも、と、みづきちゃんは思いました。
「パパ、水着がない。水着がないと、プールには入れないでしょう?」
パパが、こんどはうれしそうに笑いました。
「美月はかしこいなぁ。でも、大丈夫だよ。パパが、似合う水着を買ってあげるからね」
「ほんと?」
「あぁ、本当だよ。でも、おなかが空いただろ? 昼ご飯を食べて、パパとプールに行こう」
みづきちゃんは、パパってすごい、と思いました。
(みづきのしたいこと、なんでもわかっちゃうなんて)
「パパ、大好き!」

お昼ごはんに、みづきちゃんはラーメンを食べました。パパはカレーを食べました。
ごはんがおわると、パパが、水着やうきわを売っているところに連れて行ってくれました。
みづきちゃんは、いっしょうけんめい、かわいいもようの水着をさがしました。
「みづき、これがほしい!」
たくさんの水着の中でみづきちゃんがえらんだのは、空色に白い雲のもようがついた水着でした。
「美月は、本当に空色が好きだなぁ。よし、じゃあ、それを買おう」
パパのことばで、みづきちゃんは、バイクのことを思い出しました。
いまごろ、あの空色のバイクは、風のようなはやさでレース場を走っているのでしょうか。
(がんばれ)
みづきちゃんは、空色の空を見上げながら、おいのりをしました。

プールは、たくさんの人がいて、にぎやかで、色とりどりでした。
ひやけして黒い人や、ひやけどめのにおいがする白い人、水着やうきわの色もさまざまです。
水のすべりだいに、みづきちゃんは大はしゃぎでした。
パパが、みづきちゃんをやさしくだっこして、いっしょにすべりだいをおりてくれます。
すごいはやさですべっても、パパがいっしょなら、ぜんぜんこわくありませんでした。
みづきちゃんは、なんどもなんども、パパにおねがいしました。
そのたびに、パパは笑って、みづきちゃんをやさしくだっこしてくれました。
「パパ、大好き」
みづきちゃんも笑って、そう言おうとしたとき、
ひやりとした風が、みづきちゃんのほっぺたをなでていきました。
「美月、そろそろサーキットに戻ろうか」
「あと、1回だけ・・・」
「そうか。じゃぁ、あと1回だけだぞ」
「うん!」
「ビュービュー滑る空色の美月は、あのバイクとおんなじだな。」
「うん!!」

みづきちゃんとパパがサーキットに戻ると、さっきとは違うバイクが1ばんを走っていました。
また、なにかおきたのでしょうか。
みづきちゃんは、すぐにしんぱいになりました。
(みづきの空色のバイクはだいじょうぶかな)
大きなテレビを見つめました。でも、そこには、空色のバイクは映りません。
目の前を走っていくたくさんのバイクを、ひっしになって見てみました。
じっと見ていると、目がなれて、バイクの色はちゃんとわかるようになりました。
きいろ、黒、黒、みどり、赤・・・・・・。
バイクが右から左へとつぎつぎ走りさっていきます。
でも、みづきちゃんがさがしているバイクは見つかりません。
みづきちゃんは、ドキドキして、ついにパパに聞いてみることにしました。
「パパ、みづきのおうえんしてたバイクはどこ?」
「そうだな、ちょっと待ってろよ・・・」
パパも、みづきちゃんといっしょに、空色のバイクをさがしてくれました。
だんだん、パパが困った顔になっていきます。
「リタイアしちゃったのかな」
「ねぇパパ、りたいあって?」
「美月、もしかしたら、美月の応援してたバイクは、もう走ってないかもしれないな」
「ころんじゃったの?」
「転んじゃったのか、バイクの調子が悪くなっちゃったのか、パパにもちょっとわからない。
 でも、今は走ってないみたいだ」
みづきちゃんは、かなしくなりました。とてもとても、かなしくなりました。
まさか、こんなことになるなんて、思ってもみなかったのです。
みづきちゃんがプールにいるあいだに、空色のバイクが走るのをやめてしまうなんて。
「みづき、おいのりしたのに」
「そうだな」
「みづきがちゃんと見てなかったから、かみさま、おこったの?」
「そんなことはないよ」
「みづきがプールに行かなかったら、バイク、ずっと走ってた?」
「美月が悪いわけじゃないよ。ほら、パパの応援してるバイクを、美月もいっしょに応援しないか?」
みづきちゃんは、パパのばか、と思いました。
(みづきは、あの空色のバイクを応援してたのに。とっても好きになったのに)
パパは、そんなみづきちゃんを見て、
「アイスクリーム、食べるか? ジュースでもいいぞ」
と言いました。みづきちゃんは、パパのばかばか、と思いました。
なみだが出そうになりました。けれど、なみだは出ませんでした。
かなしいきもちのまま、みづきちゃんは、パパによりかかってねむってしまいました。
空色の水着を着て、パパの運転する空色のバイクのうしろに乗り、雲の上を走っていくゆめを見ました。

みづきちゃんが目をさますと、空はずいぶんこい青色になっていました。
「美月、あと少しで、レースも終わりだぞ。最後の瞬間を、パパと一緒に見よう」
みづきちゃんのまわりの、いなくなっていたはずの人たちも、もうせきにもどっています。
走っているバイクは、みんな、ライトをつけていました。
少しくらくなってきたサーキット場で、そのたくさんのライトは、とてもきれいでした。
みづきちゃんは、かなしかったことをすっかりわすれて、いま走っているバイクに見とれました。

「あと1分だぞ、美月」
パパが、みづきちゃんのかたにおいていた手に、ぎゅっと力をこめました。
「1ばんの人がゴールしたら終わりじゃないの?」
「そうか。普通の競走とはちょっと違うんだよ。
 このレースは、走りはじめてから8時間ちょうどの間に、1番たくさん走ったチームが優勝なんだ。
 たくさんのバイクがこんなに長い時間走ったら、どれが1番速いか、わかんなくなっちゃうだろ?」
ふーん、とみづきちゃんは思いました。たしかに、みづきちゃんが見ても、どのバイクが1ばんなのかもうわかりません。
(やっぱり、パパはいろんなことしってるんだ・・・)

「いよいよ、カウントダウンだぞ! 美月も一緒に数えよう」
まわりの人たちが、いっせいに、数をかぞえはじめました。
パパも、立ち上がって、声をそろえます。
「5・4・3・2・1」
みづきちゃんも、かぞえました。0までいったらどうしよう、と思っていたら、パパがみづきちゃんをだっこして、左のほうをむきました。
みんなが大きなはくしゅをしたり、声をあげたりしています。
にぎやかだなぁ、とみづきちゃんが考えていると、空が、バッと明るくなりました。
色とりどりの光が、空の高いところで、かがやいています。
花火です。
みづきちゃんは、レース場で花火が見られるなんて、知りませんでした。
花火は、つぎつぎにあがって、空をいろんな色にかえていきます。
「キレイだろ、美月。」
「うん」
「空色のバイクのチームも、あの花火、見てるぞきっと」
みづきちゃんは、パパのほうを見ました。パパが、やさしく、笑っています。

「パパ、大好き!」

レースを走りぬいたたくさんのバイクが、ゆっくりと、花火にむかって走っていきます。
その上にひろがる大きな空には、細い三日月が、しずかにうつくしく光っているのでした。


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20030814 
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