-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 窓辺のひまわり


「色んな事をやってますね」と言われる。
今だと特に、部屋のデザインだとか
ノブモーリーのお笑いイベントに出たり
アートと関係ない事やったりしてるし。
それでも、オイラ的には3つの柱を立ててアート活動してるつもり。

一本は自分の絵を展覧会で発表すること。
一本はキュレーションや記事を書いたり、アート自体を支援する活動。
一本は【Let's Have a Dream】に集約される平和運動。

最後の一本、長らく休止していた平和活動を
再び進めていくことにした。
「〜ことにした。」というのは
これから何か考えますということではない。
やる!見通しがついたということだ。

平和運動は他人まかせじゃ気が済まない。
そのことをNYで黒田征太郎さんに会って自覚した。
やっぱりオイラの中には、その血が流れてるんだなと
それまで蓋をして薄っすらと埃をかぶった
「平和」という名の箱を
もったいぶらずに開けてしまえ!と思ったのだ。
開けないと中身が腐っちまうぜ、と。

しかし
やった事がある人なら分かると思うが
平和運動にはお金が掛かる。
プラカードを持って、ビルの前でデモをするわけじゃないのだ。
それなりの費用と、時間と、労力を投入しないと出来ない。
【Let's〜】を休止しているのもそのためだ。
自己資金で賄えるくらいに自分がビッグになったら再開しよう
そう思って、蓋をかぶせて押入れにしまっておいたのだ。

トロントに帰ってから暫く考えた。
自分のやりたい事と、出来ることをすり合わせるため。
今の自分が出来ること、出来る範囲で
小さいながらも継続してやっていけるものを。
その小さな流れが、やがて【Let's〜】という大きな潮流になり
いつかは【ノーベル平和賞】を・・・
史上初の辞退!してやるんだという意気込みで(マジで)。

そしてオイラはまず、ある人に連絡を取った。
文字を書くことを仕事としている人で
内面にある種のドグマを抱えている人だ。
彼女の書く文章はとても詩的で、時に幸福、時に絶望を味わう。
まるで誰も見たことのない世界の果てを
ファインダーで覗いてしまったかのように
彼女の文章は剥き出しに綴られている。
常々、いつになったら本気で
この才能を自分の名刺に刻み込むんだろうと思っていた。
その名刺で世の中に出て行くべきだと
言うチャンスもなくここまで来てしまったけど。

それから幾度かメールをやり取りし
おぼろげながらも着地点を見い出したところだ。
オイラ、文章を書くのは好きだけど
それが人様にお金を払って頂くほどのモノではないと自覚している。
餅は餅屋で、自分は絵という専門分野で表現し、
この人が文章を受け持ってくれるなら
今考えられる最高の条件で平和運動を再開できる。

開けた平和の蓋が閉じてしまわないように
ひまわりの種とともに窓辺に置く。
きっと夏頃には見事な花を咲かすだろう。


2005年02月16日(水)
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