-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 其の1 『 思量の相違 』

「N.Yへ行って、カフェとかバーなんかの隅っこに場所借りてさ、そこで絵を描いてその場で売ろうと思ってるんだけど、一緒に行かない?」
暇だからと言う理由でノコノコ遊びにやって来たボクに、友人であり、今やすっかりトロントの人気者になってしまったアーティストTomolennonは言った。
目下、目先の目標をなくしていたボクは、二つ返事でこう答えた。
「おもしろそうジャン!!」
N.Yに行ける。しかも、フツーの旅ではない。
ボクの中に、下心にも似たなんとも言えない小さな期待が芽生えた。
が、次の一言で、小さな期待は大きな不安へと変わった。
「今回のN.Yは修行みたいなモンだから、交通費と絵の道具以外は持って行かない。金稼げなかったら野宿だね。」
「えっ?」
ボクは彼と同年だが確認の為、敬語を交えて聞いてみた。
「のじゅくですか?」
「そう、野宿。」
即答したところから推測するに、どうやら彼の意思は強く固そうだ。
「でも、12月のN.Yってばっちり寒いよね。凍死するかも知れん。
 それに、頭のおかしなヤツがおって、例えばそいつがピストルとか持ってて
 いきなりバンッ!てやられたらかなわんし、シャレにならんし…」
わずか数秒でボクはがっつりネガティブな世界へと持ってかれていた。
そんな心中を知ってか知らずか、
「いやー、オレも不安だよね実際。だって絵が一枚も売れなかったらさぁ、あはは。」
「いやっ、あははって君」
ボクの中での期待度:不安度が1:9なのに対し、彼の中では9:1なのであろう。
不安だと言いながらも、顔に笑みを浮かべているのが何よりの証拠だ。
その後、Tomolennonによる『旅の目的講座』があり、
何故、野宿なのか?っと言う疑問も解消された。
いまなお不安は尽きないが、とにかく12月21日よりN.Yのどこかで
tomolennonは絵を描き、ボクは日記を書く事になった。



飯沼省プロフィール
1974年愛知県生まれ。
20歳の時、表現者を目指すべく上京。
それから2年後の1996年のある日、
新宿歌舞伎町にあるアルバイト先で、Tomolennon氏と出会う。
1年ほどでそこを辞めてからも交友は続き、現在に至る。
99年に氏がトロントへ渡り、
翌年の3月に、1ヵ月ほど氏のところへ遊びに行ったのをきっかけに
「オイラもいっちょイッたるかい!」
と、すっかりその気になり、準備を始め02年にオーストラリアの地を踏む。
財政難から一時帰国するも、懲りずに再度オーストラリアへ。
2度目の渡豪から半年後、氏から1通のメールを受け取る。
「トロントに来ないか?」
自分が必要とされている事に気を良くし、調子に乗って今年(04年)9月下旬に渡加。
2度目のトロントに浮かれるも、氏と自分との社会的&金銭的地位の差にショックを受ける。
現在、氏のプロジェクトにてPR係と記録係を担当。
表現者としては、まだまだ暗中模索気味…。





2004年12月19日(日)
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