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■ アカデミー賞
こういう権威ものはほとんど見ないけど 今年は渡辺謙が出るとかで 彼女に付き合ってTVの前に座る。 だいたいノミネートされてる作品を見てないし、 なるべく映画から遠ざかる生活をしていたから 興味も何もない。 グラミーもアカデミーも観ると 胸クソ悪いのと 感嘆の気持ちとが 交互に入れ替わる。
この数年、いちばん惹かれる俳優 ショーン・ペンが、 【デッドマン・ウォーキング】でも 大好きなウディ・アレン監督の 【スウィート・アンド。ロウダウン】でも ビートルズのサントラがツボに入りまくった 【アイ・アム・サム】でも 主演男優賞にノミネートされてたにも関わらず 一度も来場しなかったのに今回はやっぱり来た。 ジャネット後遺症で 5秒遅れの映像を眺めながら、 世間が心配するような【爆弾発言】など あるはずもない。とタカをくくっていた。 そして、 やっぱり無かった。 「ノミネートされたことのない名優は沢山いる」 と、名前を挙げて称えただけの簡潔なコメント。 別に何かを期待してたわけじゃない。 何か言ってくれると思ったわけでもない。 かつての権威を否定する態度や姿勢が カッコいいなという、 不良アニキに憧れるような(笑) 感覚があったから 大人しく賞を受け取る姿をみて、 ちょっと寂しくなっただけだ。 でも、 受け取ることに理由がある人と、 ただ「ワーォ!夢みたいだ!」 という人の違いはある気がする。 かつて否定していたものを 受け取ることの理由があるのなら それも有りだな。
日本の【芥川賞】ブームもそうだが、 賞に権威があればあるほど その恩恵ビジネスがデカくなる。 無論、アートの世界だってそうだ。 肩書きが増えることで、値段がボンっと上がる。 自分には無縁の世界だが、 アーティストなり作家なりが賞を受け取ることは やっぱり取り引きなんだなと。 自分の魂込めた作品を、 商業、産業の世界へ駒として提供する。 それで他人がビジネスしようが、儲けようが 磨耗されないだけの作品や人間であればいいだけの話で、 今までカッコいいと思っていた 権威や賞を否定し続けてきたアーティスト達は 本当は怖かったんじゃないかと思う。 賞もらって、 ダメになって 堕ちていく才能を横目で見てたから。 かたくなにそれを拒否することで かろうじて作品を守ってたような、 純粋性を獲得していたような、そんな感覚? 誰しも自分の作品を消費されるのは嫌。 消費されるルート(賞)に乗れるのは、 ある意味幸せなノー天気な馬鹿か 消されない存在感を獲得したツワモノのどちらか。 そういう観点でショーン・ペンをみると、 【爆弾発言】などあるはずないじゃない。 だから、 今の彼はカッコいいかもしんない。 それが「今」だけでないことを祈りつつ・・・
2004年02月29日(日)
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