-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 Dear John

12月8日がやってきた。John Lennon23回目の命日です。【Lennon Legend】の本やDVDが発売されたりして、例年よりも幾分にぎやかな感じ。まぁ、レコード会社にとっては、年に一回のジョン・レノン・セール大売出し!なんだろうけど。

それでも、やっぱ「お祭り」じゃないんだよな。俺の中では。未だに「追悼」という気持ちが強い。

11日に俺が主催する【John Lennon Tribute】の準備もあって、最近ジョンの曲を聴き直すことが多いんだけども、改めて色褪せない声の輝きや、詩の才能、特にエフェクトなどが掛かっていない【Anthology】シリーズの中の曲に感嘆しているところだ。

よく「一番好きな曲は?」と聞かれて困るんだけど、それでも挙げるとしたら【Happiness is a warm gun】だろうか。いや、【No Reply】か【I'm only sleeping】かも。

やっぱり決められないのだ。いっそのこと、「好きな歌詞」と限定するのだったら【Across the univers】とか、「好きなサウンド」だったら【Rain】とか言えるかも。

そんな事を考えつつ、夜9時にHard Rock Cafeへ向かう。今夜は別の「ジョン・レノン・トリビュート」があるのだ。Oakvilleから来たというビートルズのカバー・バンドがステージに立っていた。

ベーシストはルックスがポールによく似ている。ジョン役は残念ながらハズレ。分かってないな。それでも曲はまともに演奏してて、好感がもてた。

日本が誇る最強のカバー・バンド【Revolver】に育てられた俺からすれば、満足するには程遠い出来だったけど。その【Revolver】のリーダー、リッキーさんという人は、日本のコマーシャルで使われるビートルズの曲のほとんどを吹き替えで歌ってた人。

発音から発声まで、ジョンにクリソツだった。俺がまだ20歳の頃、新宿のライブ・ハウスのPA(音響)をやってた時に、月に一度演奏していたのだ。PAという特権を利用して、ライブを毎回MDに録音してて、カナダにも数十本持ってきているほど、その演奏は素晴らしい。

2回目のステージが終わって、ステージ上から「この中に12月生まれの人いますかー?」と呼ばれて、「ハイ!」と返事をしたら、そのままステージに上げられた。

もう一人、12月生まれの女の子が上がってきて、どちらがジョンの命日に近いかを免許証で確認。めでたく俺が勝って、プレゼントとしてBeatlesのCDをもらった(笑)。既に持ってるCDなので、嬉しいのかちょっと微妙。

で、そのまま降りようとしたら、ベースの人が「君もジョン・レノン・トリビュートやるんだって!?」と聞いてくれて、まんまとマイクを使って宣伝させてもらうことが出来た。そして・・・

「じゃあ、一曲やってもらおう!」まじかよ!!

客席も、変なアジア人が何かやるってよ、みたいなノリで俺を凝視する(汗)

これが日本だったら「聞いてないよ〜」とボケれるところだが、ここはカナダ。乗っかった者の勝ちである。

ざくっと一曲、【Rock'n roll music】をブチかまして帰ってきました。幸い、メンバーもよく合わせてくれて、ギターソロとか回しちゃって、結構楽しかった。

でも、リッキーさん、俺の歌じゃカナダの観客はノックアウトできないよ。あんたの歌じゃなきゃダメだ。いつか金が溜まったら、カナダに呼んで演奏してもらおう。


2003年12月08日(月)
初日 最新 目次 MAIL HOME