ラスベク変換
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最近、テレビを観ていて思うこと。 言葉が乱れている。 「ら」抜きとか、変に短縮した言葉、とかってことじゃなくて、標準語と呼ばれる言葉じゃない土地(地方)の言葉を臆することなく話す若い人が多いと思う。 いいですねぇ、これ。 間違いなく日本語が乱れてきてはいるけれど、その乱れの中で方言、そしてなまりも堂々と話せる雰囲気になったのだとすればこれはいいことだと思う。 「オシャレ」であるか、でないかを判断基準に色んなものを若い人はチョイスするから、その流れで方言やなまりも使われているのかもしれないけれど、それでもいい。 日本は本当に小さい国で、多民族ではないから考え方も幅がないけれど、でも言葉ひとつをとっても色んな表現方法を用いているのは事実で、それをどんどん出し合って互いに認め合っていけたらと思う。 違うもの、知らないものとどんどん接して、もっともっと幅のある日本になっていけたらいいなぁと思う。 そして、戦争なんてやらないよと、堂々と言える日本になってほしい。
言葉は生き物だから、変化することは正しいのだと思う。 だから、言葉をどんどん変化させる奴がいて(女子高生とか)、いまの言葉を守ろうと頑張る奴がいて(ワケシリ風の大人)、言葉という便利な文化を活用するのがいいと思う。って、俺が言うのも変ですが。笑
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