「うまい、マヨネーズもいいねぇ」 かじりついたのは野菜……ではなくて本。 僕は、使わずにホコリを被っていた広辞苑に、たっぷりとマヨネーズにまた一口食らった。 初めて本を食べたのは、二週間ほど前のこと。山羊の夢をみて目が覚めたら手近にあった本に噛みついていた。僕は何をやっているんだろうと思ったが、それ以上に本を食べたいという欲望が強かった。 こんなことをしているなんて家族が知ったらなんて思うだろう。 今の時間、両親は仕事にいっているし、姉はデパートに買い物に出かけている。だから僕は、自分の部屋のすみでこっそり食べている。まるで山羊になったかのように。(実際山羊が紙を食べることなんてそうあることではないのかも知れないが) 今日二冊目の本にかぶりついた瞬間。 バタン。 僕の部屋の戸が勢いよくひらかれた。慌てて振り向くと、買い物をしているはずの姉がそこにいた。口の周りが微かに紅いものがついている。 「宏明、あんた……」 振り向いたときの僕は、英語の教科書に歯を立てているところだった。僕をみた姉の顔は凍りついているように表情が固まっていた。 「えっと、その、あの……」 いきなりのことだから、都合のいい言い訳が思い浮かばない。このままでは僕は変態に思われる。そして家族に無視されるかもしれない。とくに姉に無視されるのは耐えられない。僕にやさしくて、あかるくて、どんな服でもかわいく着こなしてしまう姉が自慢だった。そして大好きだった。好きな人に見捨てられる。 どうする、どうする。頭がオーバーヒートしそうだ。 僕が頭をフル回転している間、姉もなにやら思案しているように思えた。しばらくして、姉の思案がまとまったらしく、言葉を発した。 「あんたもだったのね。わたしもちょっと悩んでたんだ〜」 難のことだ? 姉も本にかじりついているのか? 「えっと、それって姉ちゃんも本食べてるの?」 すると姉は舌の先をちらりと見せて、口の周りをなでた。すると、口の周りの紅いものが無くなっていた。 「本? そうじゃないわ。まだ食べたあとが口に残ってたなんて」 口に残っていた? 紅いものを食べたのだろうか? 姉の口から微かにミントガムと生肉の香りがした。 「実はね、さっき出かけてこっそり山羊を食べてきたんだ。なんか紙を食べてる生き物が食べたくなって。つきはなにを食べようかなって思ったりして」 肉食動物の牙のような歯をちらりと見せてこちらを睨みだした。 僕は恐怖で動けなかった。
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