悩む。 何を悩むか。 自分の守備範囲がまだまだ狭いことに。 たしかに、すべてのことを知ることはできないけれど それにしても、自分の未熟さといったら 泣きたくなるものがある。
※ ここでいう守備範囲とは人々の知識、経験、趣向など と定義しておこう(仮)
広ければよい そういうわけではないのだが 効果的に深ければそれが生きてくる 例えば、タコを捕る蛸壺。 それほど多く仕掛けなくても 効果的にタコの習性などを利用して やってくる場所に沈めておけばタコがとれる。 あいにく、私は器用ではないので 効果的なものを持つことができないと思う それゆえに守備範囲を広く持とうとするのだ
頭のカタイひとはある方向に極端にシフトしたり どこか一カ所に凝り固まったりしてしまう。 そして思考も自分の狭い領域の中だけにとどまってしまう。 そうはなりたくないから、守備範囲をひろげようとする しかし、その行動が無意識のうちに 自分の領域を肯定するためにおこなわれている。 その狭い世界はより強固なものとなっていく。 恐怖を感じる、 だから、そうならないような世界の広げ方を模索する。
古代ギリシャの哲学者ソクラテス(だったかな?)が 「無知の知」すなわち自分は何も知らないということを悟り、 知を探求することが何かの始まりとかいってた気がしますが そう考えると私がどういう形であれ、 未熟さを自覚するということは悪いことではないようです 知を探求するために、物事に対する新鮮なアプローチができる そんな視点をもちたいものです。
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