カフェの住人...

 

 

第二十六話 〜少女に返った魔法使い〜 - 2004年12月07日(火)




ほうきを捨てた魔法使いがいた。

もう飛ぶのはやめたらしい。




マントのようなコートを着て、冬の陽だまりの中

小柄なおばさまが一人で訪れた。

入ってきて早々いきなり

「スコーンくださいな」

そう言ったので、私は些か驚いた。

だって、このお年でスコーンを知ってる方は少ないし

私のお得意はスコーンだって

まるで知ってるかのような口ぶりに聞こえたからだ。



あれ?この方は只者ではないな?

そんな印象だった。



誰もいない平日の午後・・・

私はそのおばさまとお喋りを楽しんだ。

その会話の節々に、そのおばさまは心を見透かしたように

私が想う事と同じ話をしてくれた。




なんだかそんな出会いにワクワクしたのを覚えている。

それから勝手に私の中で‘魔法使いのおばさま’と呼び始めた。







魔法使いのおばさまが、二回目に訪れた時だっただろうか。

丁度行なわれる住人のライブのチラシを手に取り、それに行きたいと言う。

何やらその日は自分の誕生日だとか。





ライブ当日。

みんなで車に乗り込むと、会場である少し遠くの小さなレストランへ車を走らせる。

店の中はもうワインを片手に、ライブを楽しみに待っている人々で一杯だ。

私は始まる寸前、ライブをやる住人達に、とあるお願いをした。

ライブの途中で

「ハッピーバースデーの歌を内緒で歌って欲しい」 と。






数曲が終わり休憩、そして会場が暗くなると

ざわざわとした中、さり気なくその日のヴォーカルが歌い出した。


♪ハッピーバースデートゥーユー・・・


お店の人に頼んで飾っておいてもらった、お花とキャンドル付きの

仄かに火を灯した小さなケーキを運ぶ。

そのうち会場のみんなも一緒に歌ったり手拍子をしたり。


こうして魔法使い69歳の誕生日が祝われた。



おばさまは驚きで呆然としていたようだった。


そして涙をためて、ありがとう、ありがとう、と何度も言った。







その涙の訳を、後で聞くこととなった。

彼女はずっと一人で生きてきた。

戦後、女性が自由を唱えるのは相当の勇気がないと出来ない時代である。

なかなかの気性で、それなら寂しさより自由を選ぼうと決めたという。


東京生まれ東京育ちの江戸っ子が、4年前この地に移り住んだ。

もうゆっくり過ごそうと決めたのだろう。

けれど、寂しくなかった訳ではない違いない。



体調もあまりよくない日々を送り

『もう私死んじゃうのかな』

そう思っていたらしい。
  


そんな年も明けたとある日、ふらりと近所を歩いていると

今までは気が付かなかった看板が眼に入ったそうだ。


そこには ‘スコーン’ の文字が。

吸い寄せられる様に階段を登ると、そこには古ぼけた電車。

暖かな陽だまりは、彼女を優しく迎えた。




本当は寂しくて恐かった。

そんな思いの最中、いきなり誕生日を祝われたのだ。



彼女の心の変化は、きっと誰もが想像できるだろう。



あれからもうすぐ一年が経つ。

私達は一緒に、泣いて、笑って、怒って、大忙しである。

「まだまだ元気よ」と、色々と張り切っている彼女。

まるでその顔は少女のようにキラキラ輝いているのだ。

そして、つくづく言う。

「奇跡が起こったの。
 
 あの時もう一人の私は死んでいたのだと思う。

 でもね、神様だか何だかが『もう少し何かを残しなさい』

 そう言って、ここに出会わせてくれたのね。。」
 


生きる事の素晴しさ、そして大変さを

私は彼女を通じて知った。

残りの人生で足跡を残す。

今までの人生を見せてくれながら。




魔法使いはもう空を飛ぶことをやめて、ただの少女に還った。


もう頑張る必要は無いのだと知ったから。

ただ、精一杯生きてきた事が魔法だった。




少女はもうすぐ70歳。


またみんなでお誕生日祝いしようね。




出会ってくれてありがとう。







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