現在午前1時24分。 目が醒めた。 アメリカの従兄弟たちがやってくる夢を見た。 真ん中の娘のSちゃんと話してた。 2012年にSちゃんと接した時は、10代の頃アメリカに行った時、なまじ俺が道化を演じて楽しく接しすぎていたせいもあって、現状それが出来ないもんだから、妙に自意識過剰になってガクブルしてしまってた。 夢の中だけでも楽しく接せられて良かった。
寝ている間に日をまたいで、8月が終わってしまってた。 今日から9月だ。
睡眠がやたらと小分け小分けになってしまう。 現在午前3時17分。 目が醒めた。 マンションのベランダから、夜空に大きな紫色のオーブが見えた。 その紫色の光はゆらゆらと揺れていて、「あれが父だ。俺はあそこから生まれたんだ」と思った。 実際の父は人間としての質量を持った物体であり個体であったけれど、それはあくまでも人間としての事であって、親という存在の本質は概念なんだ、と思った。 それから父方、母方問わず、親戚たちが集まってくる。 従兄弟たちは大体が子供の姿をしていて、俺自身も子供で。 N君やT君は大学生くらいの年齢で。 季節は冬だという事になっていて。 夜中だけれど、これからスキーに出掛けに行くのだと言う。 俺だけがスキーの準備になかなか着手出来ないでいた。 そんな感じの夢を見た。
現在午前6時45分。 目が醒めた。 白蛇を飼っている夢を見た。 俺はコオロギを餌にしようと思って、コオロギを繁殖させていた。 俺が飼っている白蛇は二匹で、うち一匹は双頭だった。 見た目的にはカッコイイんだろうけど、生き物としてとても可哀想に思えた。 久しぶりに夢の中にあの子が出てきた。 あの子が父方の祖父母の家と母方の祖父母の家、どっちで暮らそうか迷ってて。 俺が白蛇を使ってあの子をどっちでも好きな方に送ってあげる事が出来る、と教えてあげると喜んでいた。 そんな感じの夢を見た。
俺には3人の幼馴染が居る。 K君、A君、Sちゃんだ。 俺が参加した最後の小学校の同窓会じゃ、俺も含めて幼馴染4人が全員集まってたな、と思い出した。 もう、あんな機会は二度と無いだろうな。 俺に参加する意思が無いから。 もう8.9年前になるのか、あの同窓会。
現在午前8時32分。 アニメ「刀語」の7話目を観た。 面白かった。
現在午前10時39分。 スーパーで菓子パンを買ってきた。
現在午前11時57分。 ジャンプの33号を読み終えた。
現在午後14時16分。 マガジンの34号を読み終えた。 今日のノルマ達成だ。
現在午後15時28分。 夕食を食べた。 ベーコンとブナシメジと卵を炒めて塩コショウをかけた物で炊飯器に残ってた発酵玄米を食べきった。 また作っておかないと。 食べている間、暇つぶしに何か観ようと思って、ニコ生公式の「ウェスタン・リーグ」というプロ野球中継を観ていた。 阪神タイガースとオリックスが試合をしてた。 あれ、タイガースとオリックスってセリーグとパリーグで別れてて、お互いがそれぞれのリーグで優勝しない限り試合なんて出来ないんじゃなかったっけ? 2軍の試合らしかったけど、俺が観始めた頃には既に終わりかけていて、0対1でオリックスが勝っていた。 掛布が阪神の監督をやっていたというのを初めて知った。 母方の田舎の柏原の家にも、改装前はリビングに掛布のポスターが飾ってあったのを覚えてる。 あの人も、今や監督なんだな。
現在午後15時55分。 明日の午前4時に炊き上がるよう、発酵玄米をセットした。
それにしても例の無断転載野郎、まじで俺と同じ日本人とは思えないような卑劣で卑しい野郎だったな。 俺から動画をコピーして盗みやがった分際で、開き直って居丈高に俺に説教し、日本語も怪しい訳の分からん言葉を無理やり紡いで文章にした超が付くほど長い超長文でまくし立ててきて、こっちがそいつの意味不明な日本語を何とか解読して「こういう意味だろうな」と慮って捉えてやって、捉えてやった意味を前提として反論したら、後出しじゃんけんで「俺がいつそういう意味で言ったって言うんだよw」と逆手を取ったり。 ありとあらゆる事をねつ造し自身の落ち度を隠ぺいし、自分は何一つとして非を認めない分際で、事あるごとにこっちには謝罪を要求。 二言目には「謝罪しろ、謝罪しろ」だ。 そして、自分が言われて悔しかった台詞や使えそうだと思った文言はひたすらにオウム返しし、しかも「自分が先に言ったんだ」と、その起源を主張。 まじで在日のテンプレートみたいな反吐が出るような野郎だったわ。 別に俺はネトウヨでもなんでもないけど、あそこまであからさまに卑劣な奴にはリアルで会ったら直接ゲロを吐きかけてやりたいような気持ちになるな。 あ〜、まじ胸糞悪ぃ・・・ あいつがやってるのって、まじで声闘(ソント)その物だわ。 どちらが正しい、正しくないに関わらず、如何に居丈高に大声を出して相手を黙らせるかで勝ち負けを決める朝鮮半島の文化声闘(ソント)。 盗人猛々しいとはまさにあの事。 思い出すだけでぶっ殺したくなる・・・
「サイコロジカル」の続きを読んでる。 主人公のいーちゃんと、兎吊木が、「玖渚友がいかに自分にとって大きな存在か、自分という存在が如何に玖渚友の中の割り合いを閉めているか」で競うように議論しているのが心底気持ち悪いと感じた。
YouTubeのお茶のCMで、もっくんと宮沢りえが共演していた。 これ、93年の「西遊記」コンビじゃん。 偶然そうなったのか、狙ってキャスティングしたのか知らないけど、驚いた。
西尾維新のシリーズには色んな才能を持った人間が登場してくる。 俺にも何か才能めいた物は無いかなと考えてみたけど、共感覚くらいしか思いつかない。 俺には文字や数字、アルファベットなんかが特定の色のイメージを想起させるという感覚がある。 「あ」は赤色、「い」は白っぽい灰色「う」は肌色で「え」は灰色がかった水色で「お」は青色。 そんな感覚。 こんなの何のメリットもねーじゃんと思って「共感覚 メリット」でググってみたら、言葉を記憶しやすい、というメリットがあったみたいだ。 「青色っぽい言葉だったな」と思えば、それだけでヒントになって言葉を思い出す事が出来たり。 因みに「リュカ」という言葉は俺の中じゃライトグリーンだ。 「ファン太」は雲の色に少し青い透かしが入ったような感じの色で「てん」は女郎蜘蛛の色。 「て」が肌色っぽい黄色で「ん」が黒だから。 「L」ならレモン色で「R」はパープル。 「男」は黒で「女」は赤だ。 これはランドセルのイメージからかな。 そういえば幼稚園の時、先生が「『1』って数字は何色かな?」とみんなに質問してたっけ。 俺は迷わず「白」と答えたのを今でもよく覚えてる。 因みに「0」なら灰色だ。 あの時、先生は何を意図してそんな質問をしたのだろうか。 文字や数字から色を連想する人間の数は少ないらしいのに、クラスみんなに向けてそんな問いを発してて。 子供の頃なら多かれ少なかれ誰でも持ってた感覚なのかな。 俺には児童心理学は分からないから、何とも言えないけど。
そういえば、大学の絵画の授業。 俺は絵は基礎が全く出来ていないので糞下手なのだが、先生に「○○君(俺の名前)は色使いが凄く良いね」と何度もよくほめられた。 俺は油絵にしろアクリル絵の具にしろ、原色では絶対塗らない。 いくつもの色に色を混ぜ合わせ、自分の納得のいく色が出来るまで作業を続けて、初めてキャンパスに色を置くのだ。 そういうのも共感覚が役立っていたのかな、と思う。 一節によると、芸術家に共感覚を持ってる人が多いとの事らしいので。 因みに共感覚と言っても、人によって何色が浮かぶかは千差万別だそうだ。 俺にとって「あ」は赤だけど、別の人には肌色だったりするらしい。
現在午後18時20分。 今日はそろそろ寝る前の薬を飲もうかな。
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