リュカの日記

2016年05月15日(日)

現在午後18時46分。
家に帰ってきた。
昨日、日記を更新した後、お風呂に入らせてもらった。
そこで頭だけ洗ってシャワーを浴びた。
風呂場が改装されてから、柏原のお風呂を使わせてもらうのは初めてだった。
昨日は俺と母はリビングで寝る事になっていた。
リビングではテレビが付けられていて、ジャニーズの知念君という子が出ていたけど、「今日は泊まるから」という安心感もあってか、すぐに寝る前の薬を飲んだせいもあってか、キョドる事が無かった。
今日は午前9時前に起こされた。
テレビじゃ、相変わらず嵐とかジャニーズが出てたけど、今朝もキョドる事は無かったな。
寝起きだったし、昨日寝る前の薬が効いていたせいかもしれない。
俺はタバコを吸いに外のガレージに出て行った。
そしたら祖母がやってきて、「あんた、篠山までの行き方もう分かったやろ?今度から、柏原来んと一人で篠山まで行きねい。私も私で忙しいさかい」と言ってきて。
部屋に戻ると母が居たので、祖母に「こういう事言われてんけど」と言うと「また、私が居ないところでそういう事言うやろ。おばあちゃん、あんたにめっちゃ冷たいな」と。
続けて「実は、おじいちゃんが柏原の病院入院してた時も毎日お見舞いに行ってた訳やないみたい。おじいちゃんが家に帰ってくるって時も『あかんあかん』って反対してて、看護師の人もおばあちゃんがおじいちゃんの世話するん面倒くさがってんのが何となく分かってたみたい」と。
それで、柏原の家は色んなところをバンバン改装してるのだが、「おばあちゃん、おじいちゃんが死んだら遺産全部自分のもんやって思ってて、使い放題やわ」とも言っていた。
俺から見たら義理のおばあちゃんなのだが、実は結構な毒婦なんだな、と思った。
祖母が昨日、「あんたたちお見舞い行くんやったら、私は明日休ませてもらうわ」と言っていたので、柏原を後にした後、今日は俺と母だけで祖父の入院している篠山の老健に行ってきた。
祖父のベッドがリビングの大部屋に出ていたので、リビングに行って祖父に「おじいちゃん、来たで」と言うと「ごくろうさん」と言われた。
祖父は昼食はあまり口にしなかったな。
変わりに果物を食べていた。
プリンも2口くらい食べていたかな。
祖父が個室に戻された後、俺自身の飲み物が切れて1階の自販機にポカリスエットを買いに行って戻ってくると、祖父が「それ、もう一本買ってきてくれぇ」と言ってきて。
俺は「おじいちゃん、これ飲みたいん?まだ口付けてないし、分けてあげるわ」と言って吸い飲みの容器にポカリスエットを入れて祖父に飲ませると「こりゃ美味い!」と言っていた。
少しでも祖父の口に入る物が増えて、俺もポカリを買ってきた甲斐があったな。
祖父は今朝、熱を出してたそうなので、ポカリがちょうど良かったのかもしれない。
ああいうスポーツ飲料は熱や風邪に効くらしいし。
午後15時過ぎまで祖父の個室で俺と母で過ごした後、バスの時刻がもうすぐだと言うので、「おじいちゃん、帰るな。また来るわ」と挨拶して、母と一緒にバス停に向かった。
まだバスが来るまで時間に余裕があったので、母と篠山城?の城跡を見に行ってきた。
それから、母に黒ゴマのアイスクリームを食べさせてもらった。
篠山じゃ「ボタン鍋」という猪鍋が特産品らしく、ボタン鍋の店がいくつかあった。
俺が「神戸も猪出るんやし、神戸でもボタン鍋やったらええのに」と言うと、母は「あかんって。神戸の猪は可愛がらなあかんらしいし、餌付けは禁止やけどな」と。
それからバスが来る時間になって、バスに乗って篠山口まで行った。
篠山口から宝塚に向かって電車に乗った。
母が「宝塚でいったん降りて、夜ごはんにしよう」と言うので。
電車の中じゃ、母が母の従姉にあたるMちゃんという人について色々と愚痴ってた。
Mちゃんにどれだけ酷い事をされてきたか、とか。
話を聞いているうちに、ついに俺も緊張症状が出てきてしまった。
「うん、うん」と相槌をうちながら挙動がぎこちなくなってしまって、心臓が跳ね上がりそうになってきたので、慌ててカバンを開けて朝用にと出されている緊張を和らげる薬を飲んだら、母に「どうしたん?」と尋ねられ。
俺が「気分が不安定になって緊張してきた・・・」と言うと「何で?」と言われ。
俺は「多分、ずっと二人だけで話してるから、緊張が蓄積されてきたんやと思う」と。
母は「じゃあ、黙ってた方がええん?」と言い、俺は「そうやな」と。
薬を飲んでしばらくしたら、母に「あんた、目が眠そうになってるけど薬が効きすぎてるんちゃうん?目の周りもなんか赤いで。それに凄い汗かいてるやん」と。
多分、それは薬のせいじゃなく、俺の対人恐怖の緊張のせいだと思うのだが。
宝塚で降りて「何か食べたい物ある?」と言われ、天丼の店があったので「天丼食べたい」と言うと「じゃあそこ行こう」と言われ一緒に丼屋に向かったのだが、丼屋が閉まってた。
なので、また母が「じゃあ、他に何か食べたい物は?」と言われ、石焼ビビンバの店があったので「俺、石焼ビビンバって食べた事ないし食べてみたい」と。
母は「じゃあ、そこ行こう」と言って韓国料理店に入った。
店のおじさんとおばさんはイントネーションから、日本人じゃないんだろうな、というのが伝わってきた。
めっちゃ気の良さそうな人だったけど。
母と俺と2人とも石焼ビビンバを頼んだ。
お通しと言うのだろうか、最初にキムチやら高菜やら海苔やらスープやらが出てきて、その後しばらくしてから石焼ビビンバが出てきた。
店主のおじさんが「全部かき混ぜて食べて下さい」と言ってきたので、その通りにした。
味は「これじゃない感」が強かった。
母に「初めての石焼ビビンバの感想は?」と言われ「微妙やな。もっと牛肉丼みたいなのを想像しとった」と。
母は「そういう石焼ビビンバもあるけどな。私は結構おいしかったわ」と。
それから阪急に乗って、母も俺もそれぞれ自分が住んでいる家がある駅で降りて別れて、帰ってきて俺はさっそくこの日記を更新している。
そんな感じ。

今日、電車の中で緊張を和らげる薬を飲んだ後、母に「私相手にも緊張するんか・・・。かなわんなぁ」とか「あんたも、『緊張するんや』って思い込みが強すぎるだけちゃうん?」とか言われた。

現在午後23時07分。
メッセの子とメールで話してる。
キャリアを替える事を話したら、「見慣れたアドレスが無くなっちゃうのも寂しいですね。俺にとってはレイブンクロウってのが見慣れたアドレスでしたけど」と。
俺は「レイブンクロウは使えない。家族とも使うアドレスだから、レイブンクロウ使うとググられたら俺のネット上のコテハンとか出てきちゃうからね」と返信。

今さっき、左脚の裏側の親指と人差し指の間の付け根に、小さく一つ、新たな魚の目が出来てしまっている事に気づいた。
これきっともう消えないんだろうな。
憂鬱だわ・・・

その当時は意識してなかったけど、今年の3月25日午前2時48分で、俺が100歳になるまでの時間の3分の1が経過した事に気づいた。
33歳と4ヶ月だから、3倍にしたら100歳だ。


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