リュカの日記

2016年04月29日(金)

現在午前7時19分。
目が醒めた。
格闘ゲームで親父をフルボッコにする夢を見た。
親父はゲームをやらない人なので、俺の連戦連勝だった。
悪い事をしたな。

扇風機かけっぱで寒くして寝てたので、風邪をひいたかもしれない・・・

現在午前8時21分。
そろそろ家を出ようと思う。

現在午後20時32分。
柏原から帰ってきた。
午前11時過ぎに柏原に到着し、祖母と母が居たので昼ごはんを食べさせてもらった。
アメリカの叔母は祖父の入院している病院で祖父の傍に付いているのだと言う。
祖母が中華料理屋を予約しているので、夕方になったらみんなで食べに行こうと言い出したので、俺が「17歳の時、あの中華料理店でおじいちゃんとおばあちゃんにお祝いしてもらったな」と言うと、祖母は「いや、ハンバーガー屋でお祝いしたで?あんたが、『それがええ』って言ったさかい」と言い出して、俺の記憶と食い違った事を言ってきた。
俺の記憶じゃ、その中華料理屋でチャーハンとから揚げを食べさせてもらったのが17歳の誕生日の夜だった記憶なのだが、はたしてどちらが正しいのだろう。
俺は16歳から17歳になるまで、地元のヤンキー連中に睨まれていて柏原及び祖母の実家である黒井に2ヶ月の間だけ疎開させてもらっていた。
祖父の居る柏原で寝泊まりし、祖母の居る黒井の車検場でその間ただ働きをしていたのだが。
祖母が「あんたが車屋勤めとったとこのご主人な、この前亡くなりはったで」と言ってきて、俺が「本当?何歳で?」と言うと「80いくつかで」と。
でも、俺が勤めていた車検場のご主人は当時小学生のお子さんが居て、まだ40代くらいだった記憶なのだが。
そこで俺が思い当ったのが「もしかして、片足無い人?」と。
祖母は「そう、その人」と。
俺が車検場で働いてた時、よく義足を付けて杖をつきながら車検場にやってきてた年配の人が居たのだが、あの人だったか・・・
昔、山の中で猟をしていた時、獣と間違えられてショットガンで足を撃たれて、それっきり片足を失ってしまったあの人だったか。
俺もその人から直に話を聞かせてもらった事があった。
ちょっと前とはいつぐらい前だったのか聞きたかったが、祖母は耳が遠いので俺の質問が聴こえなかったようで、結局質問の答えを得る事は出来なかった。
それはそうと、今日の昼ごはんは焼きそばだった。
昼ごはんを食べた後、タバコを吸いに外に出たら、ちょうど今到着したらしく、弟家族の車が止まっていて、車の前で弟がタバコで一服しているところだった。
それから俺と弟家族と母と祖母で、しばらくリビングで過ごしてた。
母経由で弟の息子、俺から見たら甥っ子の●●君を抱かせてもらった。
「まだ首がすわってないから気を付けて」と言われた。
●●君は想像していたよりも結構重かったな。
●●君がグーに握った拳で俺の顔をペチペチとひっきりなしに殴ってきたから嫌われてるのかな、とも思ったが、●●君は嫌がってる時みたいな泣き声をあげなかったので、嫌がられている訳ではないのかもしれない。
それから、母と一緒に祖父の入院している病院に行って、替わりに叔母が柏原の家に帰って行った。
俺と弟が生まれた病院でもあるこの○×病院。
叔母が帰った後、俺と母で祖父の前の椅子に座って、祖父の様子を見守っていた。
祖父は歯が抜けたのか、ふがふが言ってて、何を伝えようとしているのか察知するのが少し困難だったな。
祖父は母にストローで三ツ矢サイダーを飲ませてもらい、それから眠りについてしまった。
午後14時半になったら俺と弟に力仕事を頼みたいから、と祖母に言われていたので、午後14時半になったら母を残して俺一人病院を後にし、柏原の家に戻って行った。
今回頼まれた力仕事は寝室の棚の移動だ。
前回頼まれた力仕事で俺が翌日筋肉痛になったと言うと、弟が「まじで?たったあれだけで?」とちょっと引き気味に笑ってた。
力仕事を終えた後、リビングに戻る。
明日も筋肉痛になるかもしれない。
その後、弟と叔母がまた病院の祖父を見に行くと言うので、俺も同行する事にした。
「お姉ちゃん(俺の母)にはもう帰ってきてもらおう」と言い、弟の車で俺と叔母と弟が病院に到着し、眠っている祖父の顔だけ見て、弟は母を乗せてまた柏原の家に戻って行った。
祖父を除いて俺と叔母の二人きりになってしまった。
かなり気まずく感じてしまって、息遣いが荒くなる。
でも、叔母が俺に気を使ってくれて色々と話しかけてくれたので、かなり気分は落ち着いた。
「○○君(俺の名前)、家にずっと居るんやろ?何してる時が一番楽しい?」と尋ねられ「寝てる時かな」と返答。
「起きてる時はいつも何してんの?」と聞かれたので「ゲームしたり、英語の勉強したり、ネットしたりしてる」と。
叔母は「へぇ、英語好きなんや。なんか意外やわ」と。
母づてに俺が英語をやっている事は知っていると思うけど、俺を気遣ってわざと知らなかったふりをして話を聞いてくれたのだと思う。
叔母は「○○君、もう絵は描いてないん?あんた子供の頃めっちゃ絵上手かったやん。てっきりそっちの世界で生きて行くんかと思ってたわ」と。
これは城崎の伯母にも同じ事を言われた事があったな。
俺は「絵は基本の基本が出来てないねん。影の付け方とか、光の当て方とか、遠近法とか」と。
叔母は「でも、子供の頃凄い上手く描いてたで?」と。
俺は「お絵描き教室行ってたからな。で、勉強出来るだけしたくなかったから、大学じゃ美術学科に入ってんけど、周りの人たちの絵が上手すぎて自分の絵の下手さにショック受けて。多分、周りの人たちは中学高校でしっかり基本を勉強してきたんやと思う」と。
叔母は「そうやったんや」と。
それから、俺の対人恐怖症の事とかも色々話した。
「今でもちょっと緊張してるくらい」と。
叔母は「でも、人間やったら人と接してたら緊張するんは当たり前やと思うけどなぁ」と。
続けて「お母さん相手にはさすがに緊張せえへんやろ?」と聞いてきたので「いや、するねん・・・。実家用事があった時とか、しばらく家で過ごしてごはん食べさせてもらって帰るんやけど。最初のうちは大丈夫でも時間が経つと蓄積されてきて、ぎこちなくなってしまう」と。
それからまた話題が移って「あんたパソコンばっかやってるんやろ?プログラムとか興味無いん?」と言われたので「大学の頃はプログラミング勉強してたけど、挫折してしまった。でも、プログラマーのネット友達とかは居るで」と。
叔母は「そんな人たちとどうやって知り合うん?」と言うので、俺は「ネットで英語勉強配信してる人が居て、何度も行ってるうちに友達になってしまった」と、挿丸さんの事を話した。
叔母は「実際会ったりはせえへんの?」と。
俺は「した事無いなぁ。でも、その人よくスカイプで通話かけてくるねんけど、最初の時はスカイプの音声通話ですらめっちゃガクガク緊張して震えが止まらんかった。でも、その人毎日みたいにかけてきてたから、いつの間にかその人と通話するんは平気になったわ。その人に慣れてしまったんやろうな」と。
それから「そういえば、一人おったわ。これも英語勉強仲間で、一緒に京都の伏見稲荷行ったりした人。でも、その人ともそれっきりになってしまったな」と、Tomoの事も話した。
それからしばらくし、俺のスマホに弟から電話がかかる。
この前、帰りがかなり遅くなってしまって、●●君を寝かせなきゃならない時間に寝かせられなくなったので、今回は食事の時間を早めてほしい、との事。
中華料理屋は午後19時の予約だったが、弟のその申し立てで午後17時の予約に変えてもらえたそうだ。
それから弟が車で迎えに来て、俺と叔母を乗せてその中華料理屋に向かった。
俺が柏原の家に置いていたカバンも、もう弟の車に積んでくれていた。
中華料理屋に到着し、みんなでごはんを食べたのだが、周りがみんな甥っ子を「●ッ君、●ッ君」とあやしている中、俺一人場違いな気分になってキョドってしまった。
今回の柏原帰りで一番の緊張のピークは中華料理屋での食事だったな。
俺がトイレに行ってる間に、誰かが俺に頼んでくれたようで、俺だけチャーハン一人前を別に用意してもらえてた。
俺チャーハン大好き人間だから。
でも、あの店のチャーハンは微妙だったな。
俺が17歳の時にお祝いで連れてきてもらった時のチャーハンは美味しかった記憶があるけど、あの時とはもうシェフが替わってしまっているのだそうだ。
食事を終えて、弟家族の車に乗せてもらい、俺もこの家に帰ってきた。
店を出る際、母が今回の電車代として俺に3000円渡してくれた。
弟は今日も遠回りをして、俺の地元まで送ってくれた。
今回は通行止めがあったという訳でも無かったのに、気を遣わせてしまったかな・・・
家に帰ってきて、さっそく今日の日記を書き始めた。
そんな感じ。

現在午後22時22分。
疲れた・・・
横になろう・・・

現在午後23時08分。
メッセの子が今日未明にアクセスしてきてたみたいだったので、メールを送った。
俺の近況報告と、メッセの子の近況はどうかと尋ねるメール。


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