現在午前0時00分。 「保険の勧誘 友人」とかで色々検索かけて記事を読んでいるうちに日をまたいでしまってた。 今日はバレンタインだ。 実家に行ってチョコレートを取りに行こうと思う。
現在午前1時58分。 「ライアーゲーム 再生」を最後まで観た。 面白かったと思う。 秋山って笑えるくらい頭いいよな。 秋山を演じている松田翔太が夕食の献立をめぐって妹を殴ったとニコニコニュースで読んだ事があるけど。 この映画の原作を書いている甲斐谷忍という作家は、俺が小学生の頃に週刊少年ジャンプで「翠山ポリスギャング」という漫画を連載していて、当時の俺はそれにハマってコミックスの1巻を買った事があった。 2巻で打ち切りになってしまったけど。 2巻も買いたかったけど、当時は小遣いが無くて買えなくて、2巻が買えるようになった頃には既に書店からこの漫画の1巻も2巻も無くなってしまって、結局全2巻を揃える事が出来なくて悔しかった思い出がある。 今でもよく覚えてる。 1巻が紫色の表紙で、2巻が緑がかった水色の表紙だった。 主人公の双子の兄の必殺技に「鳳凰の爪」という名前のアイアンクローがあり、友達とそれを真似て遊んだりしてた。
メッセの子の弟早く帰ってこないかな。 母親には「しばらく友達の家に泊まる」と言っているらしいので、すぐに帰ってきそうなもんだけど。 じゃないと、母親への言い訳が出来なくなるから。 メッセの子が家を出るまでもなく、帰ってくると思う。
Googleのトップがバレンタインになっていた。 合わせて、ジョージ・フェリス生誕154周年と出ていた。 ダブルで記念日なんだな。
腹減った。 今日は久しぶりに母親の手料理が食べれるかもしれないので、楽しみでしょうがない。
結局昨日はマガジンを読めなかった。 今日起きた後で読むか。
そういえば、俺が子供の頃は毎週ジャンプを配達してもらってるやつが居たな。 多分、今じゃ考えられない。
ドラマ「ヤンキー母校に帰る」にはスペシャル版があって、「ヤンキー母校に帰る〜旅立ちの時 不良少年の夢」というのがあるそうだ。 まだ観てないな。 そっちも今度観ておこう。 実家に帰ったついでに、何で北海道のあの学校に通わない事になったのかも聞いてみようかな。 京都の説明会にまで行ったのに。 このドラマの主人公の先生が教職についたのが1999年だったので、俺が通っていたらジャストで受け持ちになってたかもしれなかった。
今日は午後16時前に目が醒めた。 胃が痛くて、その痛みで目覚めた感じだ。 Yahooカレンダーが2月17日以降から新しいバージョンに替わるらしい。 ---------- 【お知らせ】現在お使いの「Yahoo!カレンダー(正式版)」は、2月17日(日)までに移行の手続きが必要です ----------
現在午後22時24分。 実家に行ってきた。 まず始めに母親に電話をかけた。 留守番電話になっていた。 折り返し向こうから電話が着たので「チョコレート取りに行っていい?」と。 母親は「いいで」と言うので「今から行くわ」と。 それから実家に行ってきた。 家には母親しか居なかった。 「56歳の誕生日おめでとう。この前やったやろ」と言うと「覚えとったんや」と。 続けて母親は「この前の12時回って誕生日になった直後からお腹痛くなって。医者に行ったら『すい臓です』と言われた。まだ悪性か良性か分からへんみたいで」と。 少し心配になった。 母親は「すい臓で死ぬかもしれへん」と言っていたし。 続けて母親は「あんたまだそのビリビリのシャツ着てるん?これは命令や、新しいシャツを買いなさい」と言われた。 俺のシャツは袖の所がビリビリに破れている。 以前母親に「着たきり雀」と揶揄された事もある。 俺は「5月で勉強始めて5年になるから、それまではこのシャツを着てたい」と言ったら、「何その変なこだわり?あんた、ちょっと他の人から見たら異常やで?病院もそのシャツ着て行ってるん?電車もそのシャツで乗ってるん?もうちょっと、『人からどう見られるか』とか考えた方がいいで。乞食みたいやわ」と。 その後俺は「ごはん食べていっていい?」と。 母親は「いいで」と。 それから母親がごはんを作ってくれて、その間色々話した。 母親は「私はあんたより先に死ぬからな。すい臓で死ぬかもしれへんし」と言ってきたので、俺は「俺より長生きしてほしいわ」と。 母親は「それは無いやろ。死ぬ順番ってのは決まってて、大体100パーセント親が先に死ぬ物やねん」と。 俺は「そんな事になったら多分耐えられへんと思うわ」と。 母親は「大丈夫。耐えれるから」と。 俺は「出来たら俺は親より先に死にたいと思ってる。自殺はせえへんけど、寿命がきて」と。 母親は「それは凄い親不孝な事やねんで。自分より先に息子さんが死んだ家とか可哀相でしょうがないわ」と。 俺は「じいちゃんにさえ俺より長生きしてほしいわ。俺は親よりもじいちゃんよりも先に死にたい」と。 母親は「そしたらお父さん(祖父の事)、凄い嘆き悲しむと思うで。『自分より先に孫が死んだ』なんてなったら」と。 続けて弟の話をした。 「おかん、×(弟の名前)が保険屋やってた時勧誘された?親父は?」と言ったら「私は勧誘されてへん。お父さんも勧誘されてへん」と。 俺は「俺は勧誘された。なんかネットでも色々保険の勧誘について調べたら、『ノルマを達成する為の道具としか見られてない』って出てたわ」と。 さらに俺は「俺タバコ中毒やったやろ。実家住んでた時、俺の前にタバコちらつかせて『免許証貸して』って言ってきた事もあったわ。それで×は長い事財布に俺の免許証入れてた。次原付で減点されたらヤバイから、次警察に捕まったら自分の免許の代わりに俺の免許出すつもりやってんで」と。 母親は「それいつの事?初めて聞いたわ」と少し引いていた。 続けて俺は「俺が中1の頃から大事に集めてた漫画『H2』のコミック、俺が京橋に住んでた頃から集めてた漫画やのに勝手に友達に全巻貸して。そのまま借りパクされた事もあったわ。俺は『取り返せ』って言ったんやけど、あいつ外面はええやろ?外面のええ×は俺とその友達天秤にかけてその友達選んで、結局取り返そうともせえへんかった」と。 母親は「そうなんや・・・」と。 次に俺は「俺昔からジャンプ買ってたやん。×はコロコロ買ってて」と。 母親は「そうやったな」と。 俺は「俺は×に自分で買ったジャンプ読ませてやったりしてたけど、俺が×に『コロコロ読ませて』って頼んだら必ず断ってきた。『絶対あかん』って」と。 続けて、「おかんが『二人に』ってMDコンポ買ってくれた事あったやろ?」と。 母親は「そんな事もあったかな。覚えてへんわ」と。 俺は「あれも、×が勝手に一人で独占して、俺が使おうと思ったら×に『使っていい?』って聞かなあかんようになってた。それも必ず断ってきた。『絶対あかん』って。俺と×の関係ってほんまそんな感じやねん。俺がもし金持ってたら×が俺に『助けてくれ』って来る事はあっても、逆の立場になったら絶対に助けてくれへんのが×やねん。×は色々酷いねん」と。 続けて俺は「だから、俺はもうあんな奴とは兄弟で居たくないし、絶縁したい。ネットで調べたら、兄弟で絶縁する法的な方法は無いみたいやけど、『関わらないようにしよう』っていう心情的な問題になってくるとか。だから、もう関わらんように絶縁したい」と。 母親は「せっかく2人きりの兄弟やのに、そんな悲しい事言わんといて」と。 ごはんが出来て、ごはんを食べながら母親と話した。 俺は「そういえば、死んだおばあちゃんってどんな人?本当のおばあちゃんの方」と。 母親は「お母さん(祖母の事)は本当に何でも出来る人やった。運動神経もいいし、頭もよかったし。子供の頃からスキーやっててんけど、スキーもめちゃくちゃ上手かった。編み物の才能もあって、私達の服なんて殆どお母さんが作ってたくらい。音楽の才能もあって、どこで習ったのかピアノも凄く上手く弾いてた。〜(曲名。覚えてないので伏字とする)とか〜とか〜とか弾いてた。字も凄い上手で」と。 続けて「お母さんがスキー好きやったから、私が小1の時にスキー連れて行ってもらって、小1が私のスキーデビュー。当時淡路島に住んでたけど、そこからバスに乗って行ったんやで。私は昔から『何か買って』とかよう言わん子やったんやけど、7歳の時にお母さんがピアノ買ってきた事もあった」と。 俺は「それはおばあちゃんがピアノ弾きたかったから?」と。 母親は「それは今でも分からへん」と。 続けて、「うちの親戚医者だらけやってんで」と。 父方の親戚が医者だらけなのは知っていたけど、母方もそうだったとは初めて知った。 「私から見ておじいちゃん(俺から見たら曾祖父)は炭屋やってて大儲けしてて。当時はガソリンとか無くて、炭が主流やってんで。それで、子供も8人居て、長男は医者になったし、二男は〜(覚えてない)になったし。三男は一番頭よかったけど、ある日原因不明の高熱になって、足がびっこになってしまって。でも、『おもちゃ屋やるか』っておもちゃ屋始めて。あんたも知ってるやろ?」と。 俺は「そういえば、俺が子供の頃おもちゃ屋のおじちゃんからおもちゃ貰った記憶があるわ」と。 母親は「そう、そのおじちゃん」と。 続けて、「長男の息子2人も医者になったし、三男の息子さんも医者になったし。〜(覚えてない)のところの人も医者になったし。〜(こっちも覚えてない)も医者になったし」と。 俺は「ほんま、医者だらけやってんな」と。 母親は「あんたにもその優秀な血が流れてんねんから、やったら出来るはずやねんけどな。やろうとせんだけで、働けるやん」と。 俺は「でも、俺対人恐怖症あるからな。派遣みたいにその場限りの人間関係やったら大丈夫やけど、長い事同じ職場におったらめっちゃ緊張するわ」と。 母親は「対人恐怖症って具体的にどんな感じなん?」と。 俺は「震えたり、心臓がバクバクいったりしてめっちゃ緊張する」と。 母親は「震えるって具体的にどんな感じなん?」と。 俺は「たとえるなら、ヤンキーに囲まれて『殺される』ってなった時、『絶対今日しばかれる』ってなった時の感覚に近いわ。俺昔何度もそういう状況になった事あるけど。それでガクガク震えたり。実際、親戚が攻撃してくるとかは無いやん?でも、その時と同じようにガクガク震えて止まらなくなる」と。 母親は「でも、クリスマスイブの時△△ちゃん(従妹)や□□ちゃん(従弟)と普通に話せてたやん?」と。 俺は「あの時はまだよかったけど、大晦日に俺一人で柏原(母方の田舎)行ったやん?あの時とかめっちゃ緊張したわ。最後帰る時おじちゃんと△△ちゃんとおばあちゃんが駅まで見送りに来てくれたけど、その時とか震え止まらんかった」と。 母親は「そうなんや」と。 俺は「18歳の時マクドで働いてたけど、あれとか地獄やったわ。15歳で働いてた時は全然大丈夫やってんけど、一回引きこもりになってから対人恐怖症になった」と。 それからまた話が変わって、母親が「お母さんの映像あるけど、見る?」と。 俺は「映像って?」と言ったら、「フィルムをDVDに焼いてもらって、そのDVDがあるから」と。 それから、DVDを見せてもらった。 白黒で音声も無くて、母親が3.4歳で、叔父が1.2歳くらいの頃の映像だった。続けて、カラーになって、母親が5.6歳で叔父が3.4歳くらいの映像になった。叔父はツイストを踊っていた。当時流行っていたらしい。 母親は「弟はお調子者やったから踊ってたけど、私は『私、よう踊れん』って言ってた」と。 母方の亡くなった祖母も映像に出てきたけど、殆ど顔が見えなかった。 くせ毛がかったショートヘアの人だった。 髪が長いイメージがあったので、ちょっとギャップを感じてしまった。 DVDの映像を見ている間、俺はなんだかぎこちなくなってしまった。 手や足もかすかに震えて。 母親の話を聞きながら「うん、うん」と相槌を打っていたけど、心ここにあらずみたいになって緊張してしまった。 母親相手にさえ出るなんて、俺の対人恐怖症も相当だな・・・ 途中で母親の知り合いから電話がかかってきた。 それまで、映像を見ながら母親が一つ一つ俺に説明してくれてたけど、そこからは俺一人で映像を見ていた。 映像が終わった。 俺は残ったごはんを食べ始め、最後まで食べ終えた。 美味しかった。 米は一回おかわりし、合計2杯食べた。 母親の電話が終わったところで、俺は「映像終わった。そろそろ帰るわ」と。 母親は「そう?」と。 俺は「ごはんありがとう」と。 母親は「いいえ、おかまいも出来へんで」と。 それから母親に紙袋を貰って、実家を後にし家に帰った。 紙袋にはチョコレートの他にお菓子や缶詰や焼肉のたれが入ってた。 帰り道、駅前に新しく塾が出来ているのに気付いた。 実家には午後21時過ぎくらいまで居たと思う。 俺が居る間は親父も弟も帰ってこなかった。
現在午後23時55分。 バレンタインも残り5分。 バレンタインであるうちに、一口でもチョコを食べよう。 それが礼儀だと思うし。
貰ったチョコレート。
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