リュカの日記

2012年05月19日(土)

5月19日だ。
今日は俺のアメリカ人のスカイプ友達兼生主の20歳の誕生日だったと思う。
うろ覚えで、もしかしたら10日か20日だったかもしれない。
最近スカイプに上がってこないので、プロフィールから正確な日数を確認出来ない。

「チャック」が面白くなってきたけど、その分先を観るのが惜しい気持ちになってくる。
これを全て観終わってしまったら、楽しみなドラマが無くなってしまうから。
海外サイトの「ギルモア・ガールズ」シーズン4はリンク切れになってて観れないし。

何かアニメでも観るかな。
俺って日本人の20代だけど、大人になってからまともにアニメを観た事が殆どないから。
これはちょっと勿体無いんじゃないか、と思う。
アニメは日本が世界に誇れる文化だもんな。

ピアノの鍵盤を映してFFメドレーを演奏している動画を観た。
動画を観ているだけで、鍵盤の匂いが脳裏に蘇ってくる。
懐かしい匂い。
幼少の頃の記憶だ。

10数年ぶりにGLAYのPVを観ていた。
中学を卒業したあたりから、V系好きのGから嫌というほど見せられてきた。
そういや、FもGLAYが好きで、高校の部室のギターでSOUL LOVEとか弾いてたな。

そういえば、俺が当時遊んでたグループって俗に言うイケメングループだったな、と思う。
俺自身は全然イケメンじゃなかったけど、周りにかっこいい奴が多かった。
当時の連中と撮ったプリクラを叔母に見せたら「ジャニーズみたい」とか言ってたし。
部活関係で一緒に遊んでた連中は不細工が多かったけど、ヤンキー関係で一緒に遊んでた連中は何故かイケメン揃いだったな。
ヤンキーの中じゃ俺かGが一番の不細工だったし。
ビジュアルに人一倍うるさかったGが1番か2番の不細工というのも皮肉な話だな。
他の連中は水準が高かったと思う。
嫌な奴多かったけど、見た目だけで言うなら。
14歳の時に24歳の女と付き合ってた奴とかも居たし。
その24歳だった人とか、今はもう39歳なんだよな。
凄いBBAじゃん。

現在午前3時25分。
そろそろ寝るか。
GLAYのPVから当時を色々思い出してしまったな。
当時はGLAY大嫌いだったけど。
何故なら俺はGが大嫌いだったから、関連付けてGLAYも嫌いだった。
俺にしか威張れないスネ夫野郎がGだから。
ヤンキーの中じゃ俺が一番下っ端で、Gがその次って位置づけだった。

ついでに、この前Gの名前でフェイスブックを検索したら、同姓同名神戸市出身の人間がヒットして、「職業:ミュージシャン」となっていた。
多分G本人なんだろうな。
アホみたいにV系を愛してた奴だったし。
プロフの自己紹介文も自己愛たっぷりな厨二病みたいな内容だったし。
変わってねえな、と思った。
当時から恥ずかしげもなく臭い台詞ばっか吐いてた奴だったから。

今日は午後15時前に目が醒めた。

GLAYのPVを観ていると、Gの事を思い出してどんどんイライラしてきた。
GがHというヤンキーに恐喝されるようになった。
そこでGが俺の名前を出す。
「○○(俺の名前)はバイトしてるから金持ってるし、あいつから取ったらいいんちゃう?」と。
そこでHが俺に目を付けて、今度は俺が恐喝されるようになった。
渡す金が無くなっても恐喝されて、しまいには「お前の持ってるバイクよこせ、それ売って俺のバイクのパーツ代にするから」と言われた。
それを受けて、俺は神戸から逃亡する事を決意。
2ヶ月に渡って母方の祖父の家で暮らす事になって、そこからずっと引きこもりだ。
今の俺があるのはGのせいと言っても過言ではない。
悪い事ばかりではなかったけど。
それがあったからメッセの子とも出会えたんだし。

母方の祖父の家に居た頃、俺は親戚の経営している車検場でタダで働いていた。
その報酬として、「好きなものを買ってあげる」と、その車検場のおばちゃんに言われた。
当時の俺は映画ヲタだったから「映画のビデオテープが欲しい」と言った。
しかし、どこの店にもビデオは置いていなかった。
代わりに服を買ってもらう事になった。
当時の俺は大して服には興味もなかったけど。
でも、その時に買ってもらったセーターは今でも着ている。
いい買い物だったのかもしれない。
でも、パソコン買ってもらった方がよかったかな、とも思う。

俺はGに金を貸していた事があった。
Gは借りてる側の分際で態度がでかく、最初は金を返そうとすらしなかった。
俺が「じゃあ、お前のおばちゃんから取り立てるわ」と言うと、しぶしぶちょっとずつ返すようになっていった。
借りてる側の分際で「そんなせかすなや」とか「しゃあないから返したるわ」とか。
借りる前も命令口調で「金貸せや」とか。
まじで死ねばいいのにな。
俺以外の奴には威張れないどころか、必死でよいしょしまくるスネ夫野郎が。
今考えたらタイマンでも張ってやったらよかったと思う。
Aというヤンキーの命令で俺はBという奴と強制タイマンを張って、結構いい勝負をしてたし。
BはGより格上のCという奴と引き分けた奴だったし。
絶対俺の方がGより強かった。
因みに、そのBというのが14歳で24歳の女と付き合っていた奴だ。

よく「リア充の定義」として「友達に囲まれて」というのがあるけど、俺にはそれが羨ましい光景には思えない。
確かに俺は10代の頃はその「友達に囲まれて」な状態だったけど、でも広く浅くって感じだったしな。
親友と呼べる奴は殆どいなかったし。
何よりきつくてつまらなかった。
だから、友達とワイワイやってる、という光景に羨望を覚えたりする事は全くない。

小学生の頃は親友が2人くらい居た。
一緒にゲームをやって遊んでた。
あの頃は本当に楽しかったな。
小学生の頃の遊びって、何であんなに楽しいんだろう。
逆に中学生以降の遊びって、何であんなにつまらないんだろう。
俺にとって面白い遊びは盗みと無免許運転くらいしかなかった。

テレビゲーム以外でも、テイキュウ?とか本当に楽しかった。

俺がもし中学生に戻れるなら、ヤンキーや部活の連中なんかと遊ばずに、小学生時代の親友二人と遊びたいと思う。
一人は私立の中学に行ってしまったけど、同じマンションだったから遊べただろうし。
そしたら、中学生でも楽しくちゃんと遊べてたんだと思う。
あの頃に戻りたいな。

「ダウンタウン」というテレビゲームの2人プレイとか、リアルで殴り合いになるくらい熱中してた。
でも本当に楽しかったな。
一人が気を失ったら、もう一人がそいつをかついで穴に放り込んで殺したり。
「俺の金が減ったやんか!」とかってめっちゃ怒ったり。
でも楽しかったぁ。

俺の人生で楽しかったのは、小学生の頃と、震災で疎開した先の大阪暮らしの中1の2学期までだな。
その頃は本当に毎日が楽しかった。
神戸に戻ってきてから最悪になった。
何もかもがつまらなくて。
周りが嫌な奴ばっかりになって。
俺の青春は中1までだな。

今日は涼しくていい感じだ。
クーラー要らない。

「人を怒らせる方法」という動画があるけど、Gの顔はそれに出てくるヒモイヤ教授にそっくりだった。

今日はやたらと外がうるさい。
土曜日だから仕方ないか。

今日の昼食はインスタントチャーハンにした。
これで無事卵を全て使い切った。

魚の目が神経を圧迫して痛い・・・

ブラッド・レンフロが死んでからもう4年も経つのか。
つい最近って感覚なんだけど。
俺と同じ歳の俳優だった。
ニコニコニュースでその死を知ったと思う。
あの頃はニコニコが出来てまだ1年ちょっとだったかな。

海外サイトで「スーパーナチュラル」の続きを観た。
シーズン7は23話で終わりっぽい。

来週はまたクリームシチューを作ろうと思う。
シチューのルウがまだ3回分残っているから。
でも、あのシチューあんまり美味しくないんだよな。
ご飯のおかずとしても適してないし。


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