現在午前0時00分。 12月最初の日。 27歳最後の日からちょうど1週間目。 先月まで27歳。
「自分という意識が存在している事」が怖くて怖くて仕方がない。 幼い頃に強く感じた恐怖感。 その恐怖から目を逸らし続け、28歳まで生きてきた。 改めてその恐怖を頭の中に再認識させてみる。 見える見える、目が見える。 自分という視点が存在している。 それが怖くて怖くてたまらない。 他の人間達がこの世に存在しているのは自然な事だ。 しかし、その中に「自分」という異なった存在が存在している、という事が信じられないのだ。 何故その中に自分というものが在るのだろう。 自分が存在していなくても、彼らは存在し続ける。 なのに、何故「視点や意識を主観的に捕らえる自分」という存在がその中に存在していなくてはならないのだろう。 自分だけが違う訳だ。 視点を持ってる、意識を持ってる、主観を持っているのは自分だけ。 自分だけが他と違う。 それが怖くて怖くてたまらなかった。 自分の存在しない世界ってどんなだろう。 この世を観測する、「自分」という視点の存在しない世界ってどんなだろう。
「自分という視点」が存在しない世界なんて存在しないのか。 ならば、死んでも自分は存在し続けるんだろうな。
こういうの「ゲシュタルト崩壊」って言うんだっけ。 何でこの世に自分という意識が存在し続けているのか理解出来ない、恐ろしい。 自分と同じように他者も存在してるんだ、という事に納得いかない。 意識や視点を持っているのは自分だけ。 俺が確認出来るのは自分の意識や視点だけ。 他者の意識や視点を俺は確認出来ないから、存在しているとは思えない。 そんな感覚。
自分が存在しているという事が恐ろしくなる。
自分がこの世に存在してしまっている事を思えば、世の中の全てが些事に感じられる。
突き詰めすぎると気が狂うんだろうな・・・
自分の意識がこの世に存在している事、をリアルに感じる事。 それは死刑宣告を受ける感覚に似ている気がする。 確かに死刑宣告っちゃ死刑宣告だもんな。 死の宣告だから。
朝方から2時間くらい寝るつもりが、結局午後18時頃まで眠ってしまった。 無限ループにハマって時間調整が出来ない・・・ 現在午後17時56分。
現在午後23時56分。 ちょうど1週間前まで、俺は27歳だったんだ。
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