「ひぐらしのなく頃に」を半分ほど観た。 同じ登場人物、同じ場所、同じ設定で繰り返し繰り返し別々の物語が展開していく。 何だかサウンドノベルゲームみたいなアニメだな。 登場人物や下地となる設定は同じだけれど、選択肢によって全く違ったストーリーが展開されて、それを何度も繰り返し全てのストーリーを見ていこう、という趣旨のサウンドノベルゲームとそっくりだ。 「ターミネーター・サラコナークロニクル」を観てて思った事。 こういったタイムマシーンが絡んでくる話には、必ず「タイムパラドックス」が生まれるものだ。 「タイムパラドックス」 果たしてこれは物語の中だけに存在する現象だろうか? そうではない。 俺は、それが現実世界の中でも起こりうる事を知っている。 メッセの子は幼い頃、年上のお兄ちゃんであるC君に遊んでもらった記憶を持っている。 しかし、実際のC君はメッセの子より年下だ。 メッセの子はC君と出会い、数年後にC君は他界する。 そのC君が死後、神とも呼ばれるような力を持った存在に変化した。 そのC君が過去に行き、幼いメッセの子と何度か遊んだ。 そして、メッセの子はその記憶を持っている。 メッセの子が数年前、ネット掲示板でC君と出会わなければ、それより過去、幼い時に未来からやってきたC君に遊んでもらう、なんて思い出は作られない。 メッセの子とC君が出会ったのは2000年代であるはずなのに、それよりも更に過去にC君との思い出が作られている。 ありえない事。 また、他界した後のC君が過去にタイムスリップし、メッセの子と遊んだ事。 それがそのまま今現在のメッセの子の記憶にリンクしている。 C君が過去にタイムスリップした事によって、俺たちがいるこの世界とは別の次元の未来が作られるのではなく、そのまま俺たちがいるこの次元の世界とリンクしている。 メッセの子がC君との過去の思い出を思い出したのは、C君が他界して神がかった力を持つようになった後だ。 「過去が過去に作られず、過去が現在になってから初めて新たに作り直される」 こういうのを「タイムパラドックス」というのではないだろうか。
今日は午後21時頃に目が醒めた。 寝起きに何度も咳き込んでから、突然頭がガンガン痛むようになってしまった。 なので今日は勉強断念だ・・・
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