リュカの日記

2008年03月24日(月)

現在午前0時04分。
あの子の誕生日も、ついに一昨日になってしまった。
なら、3日前まで21歳、か。

ニコチン切れで殆ど頭が働かない。
俺は昔から、良い子や良い人であった試しが一度も無い。
親や教師や同級生、常に誰かから批判を受ける立場に立っていた。
そうであったからこそ余計になのか、俺は世の中には「正しい人間」と「間違った人間」がキッチリ2つに分かれているものだとばかり感じてた。
そして自分は常に「間違った側」
しかし今になって知ったのは、「正しい人間」が「間違った人間」を批判しているのではなく、「間違った人間」が「間違った人間」を咎めているのが現実だという事だ。
昔は俺も、自分を批判してくる人間達を無条件で「正しい人間」と思い込もうとしていた事もあったけど、そうした人間達だって結局自分の都合だの体面だのを守るため、平気で詭弁を弄するような汚い人間が殆どで。
自分が人間に対して心のどこかで少しなりとも持ってた期待は、全て幻想だったんだ、と。
働かない頭で、そんな事を考えていた。

俺にとって必要なのは、俺の言葉が理解出来て、かつ俺に対して共感出来て、かつ「正しい人間」

物語でも、「人としての正しい道」を示すような作品はごまんとある。
しかし、そういった作品も殆どが「どんなに社会が腐って見えても、中には良い人だって存在するんだ。だから人に対して幻滅しないで」と、その他大勢の人間の犠牲にされてしまうような5%程度のか弱い存在を指し示し、その他95%の下衆で邪悪な人間達に対する見方までをも引き上げさせようとするような、全く納得のいかないような馬鹿げた話。
または、人間が邪悪である事を受け入れて、その上で慈しみを持てといったような、開き直りを強要するような馬鹿げた話。
そのような救いのない話を受け入れて、折り合いをつけるのが「道徳」だとよ。
俺は、ますます絶望してしまう。

現在午前1時26分。
しばらくメガビでのコテハン活動を自粛する事にしたので、また日記の方に主張を書き綴っていく機会が増えると思う。
この機会に、失われた表現力を改めて培ってみる事にする。


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リュカ

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