今日は午後14時過ぎに目が醒めた。 どうやら、弟のクシャミの音で目覚めたらしい。 今日も弟は馬鹿みたいにでかいクシャミを引っ切り無しに連発させるし、洗面所でドタンバタンとファッションチェック。 洗面所の窓も、意識的にやってるとしか思えないほど「バタン!」「バタン!」と開閉音を強調するのだ。 現在午後16時19分。 やっと弟が出て行った。 この2時間、俺は叫び出したい衝動を必死に抑え、ずっとイライラドロドログシャグシャしたような最悪な気分で我慢しながら過ごしてた。 苦しい・・・・ 家の中で、物音に気を使ってくれるのは母親だけだ。 だから、親父が家に居る時、また弟が起きている時、俺は何も出来ずにイライラし続けているしかないのだ。 俺が映画を観に行く日に、日曜日である昨日を選んだのも、日曜日は親父がずっと家に居る日だから、というのが主な理由。
昨日観に行った映画「L change the WorLd」のパンフレットを読んでいた。 俺は映画館に行くと必ずパンフレットを買うのだが、映画のパンフレットというのは相場は大体500円から700円くらいだ。でも、昨日買ったパンフレットは900円と、かなり高かった。 この映画は「デスノート」の続編だ。 俺はこのシリーズが大好きだ。 従来の「トリックを使った推理物」と言えば、密室トリックを使って人が殺され、種明かしは一番最後。 その方法もワイヤーを使ったトリックだったり、殺人現場に「1」「2」「3」みたいな番号が残されていて「次は4が来るはずなんだ」という先入観の裏をかくみたいなものが大半で、読んでて凄くダルくなる。 でも、このシリーズは色んなトリックが使われて、その方法もすぐにその場で明かしてもらえて。 従来の「トリック物」のようなダルさやチープさがなくて俺的には凄く新鮮でかなりハマった。 そしてさっき、昨日買ったパンフレットを読んでいたのだが、 内容を見ると、「前作では安易な方法で人が死んでしまうけど、『生とは何か』『死とは何か』を喚起させ、考えさせる内容となっていた」と解説されてた。 俺的には、デスノートのどこに『生とは何か?』『死とは何か?』を問いかける部分があるのか分からない。 殺人を辞めさせる側の人間達の動機なり心情なりは凄く薄いし、殺されるのも犯罪者。 作品のノリを見てても、そこに『命の重さ』を問いかけるような要素はどこにもない。 このシリーズに限って言えば、あくまでも「どういう方法を使ったのか」とか「どういう風に騙すのか」の知能戦が主題だし。 なのに、それを「命の重さを問いかけている」とか「正義とは何かを考えさせる」とか、凄い的外れというか欺瞞みたいなものを感じてしまう。 バッシングを受けない為に、無理矢理にでもそういう建前をかざして見せる必要があった、という事なのだろうか。
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