リュカの日記

2008年02月20日(水)

頭が痒くなってきたので、久しぶりに風呂に入った。
湯船の中で、ボーっと色んな事を考えていた。
最近の俺は、とても精神状態が安定してきてると思う。
悪く言えば、ヌルくなってる。
何かにつけて、強い感情、思い入れを持つ事が出来なくなったり、何かを真剣に考えてみる事もしなくなったり。
まるで、心の蓋を閉じてしまっているような状態なのだ。
何も真剣に考えたくない。労力を使いたくない。面倒くさい、と。
直視してしまわないよう、逸らして逸らして逸らし続けて。
こんな事を、少し前にメッセの子にも相談してみた。
すると、メッセの子は「前に看護士からオフレコみたいな感じで聞いたんですけど、看護士は自分が受け持っている患者さんの死にしょっちゅう直面しますよね。でも、その度にいちいち悲しんでたら身が持たない。だから、人間的な感情を麻痺させて淡々と仕事をするんですって」みたいな事を言っていた。
俺もそんな感じになっているのか。
俺としては、「気持ちを使う」「心を使う」という事を、自分が「面倒くさがっている」ように感じてならないのだが。
そこから発展させて行き、「じゃあ、看護士達は、プライベートで自分の親しい人が死んだり、傷つけられたりした場合はどうなのだろう。仕事では、そういう悲しい場面に陥った場合、心を閉じて、ただ淡々とやり過ごしているけれど、それが身内の場合は人並みに強い感情を沸き立たせて悲しく感じたりするのだろうか」と考えた。
それについて「いや、でも普段はそんな場面に直面しても、淡々と過ごしているんだ。それが身内だからと言って、『今更』って感じだし、そう上手く切り替える事なんて出来ないんじゃないか?仕事だからと淡々とやり過ごしている人間は、身内が死んでしまった時、悲しみたくても悲しめなくなってしまっているに違いない」と。
なんか、そんな事を考えていた。
というか、俺は何で生きてるんだろ。
俺が大学に入学した頃、俺は毎日「死にたい死にたい」と嘆き続けていたと思う。
それで、「せめて、学生生活が終わるまでは生きてみようかな。それが終わったら残っているのはしんどい事だけ。その後死ぬかどうかは分からないけど、とりあえず学生生活が終わるまでは生きていよう」と考えていた。
当時としては、4年後なんてまだまだ先だと思っていたし。
でも、6年目にして、今その学生生活も終わりを迎えそうになっている。
「だから」とか「それだけの理由で」という訳ではないけど、俺は現在、自分の人生が既に終了してしまっているような感覚になっている。
例えば、生まれた時のポイントが100として、そこから人生の終わりに向かって99、98、97とカウントダウンされていく。
0になった時が人生終了。
俺は、その0の地点を既に過ぎてて、今自分が-5辺りにいるような感覚なのだ。
なのに、何故自分が今生きているのか分からない。
終わっているのに、何でまだ続いているのか。
ゲームをしてて、HPが0になっているのに、何かのバグでゲームオーバーになる事なくそのまま続行されてるような。
ここ数ヶ月、俺はそんな釈然としないような、ふわふわとした感覚に憑かれ続けて生きている。
現在午前2時55分。


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リュカ

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