リュカの日記

2007年11月24日(土)

今日は午前0時過ぎに目が醒めた。
眠っている間に24歳最後の日を迎えてしまった…
何という不覚だろう。
今までじゃ考えられない。
そのまま二度寝してしまって、最終的に午前2時過ぎに目が醒めた。
現在午前2時43分。
あと5分で生まれた時間。
本当の意味での24歳最後の日が始まる。

現在午前2時48分。
ついに始まってしまった。

現在午前2時49分。
午前2時48分を過ぎてしまった。

現在午前4時58分。
今は両親が家に居ないので、とても静かだ。
五月蝿い弟も眠っているし。
だから、色々な事を考える事が出来た。
今までの人生、特に自分が子供だった頃を振り返ってみたり。
結局、『24歳最後の日だ』なんて事とは無関係な事ばかり考えてしまったけれど、そうやって考えたり感傷に浸ったり出来る、という事実そのものがとても嬉しい。
普段はさせてもらえない事だから。
こんな時間がずっと続けば良いのにな。

24歳というのは、本当に俺にとっての区切りの歳だ。
自分がそれ以上の年齢まで生きるという感覚を、殆ど持ってこなかったから。
だから、数時間後に一旦自分が本当に25歳になってしまうと、この先自分が何年生きるか、全く想像がつかなくなってしまうのだ。
24歳と言えば俺の母親が結婚した歳であり、25歳と言えば俺の母親が俺を産んだ歳でもある。
また、俺は今風に言うなら『ドS』な欲を持っていた。
自分が好みとする存在に、これでもかという程の残虐な行為をしなければ本当の意味では満たされない、と。
俺が昔読んだ本によると、こういう類の性癖を持つ人間でも、統計的に観て25歳(26歳だったかもしれない)まで性犯罪を犯す事が無ければ、自身の性欲の為に人を死に至らしめる事が無くなると書かれていたのを覚えてる。自分の欲求に折り合いをつけていけるようになる、と。
もっとも、その年齢まで性犯罪を犯す事が無ければ、性欲の為に人を殺す事が無くなるというだけで、性犯罪を犯さない事を保証するものではないのかもしれないけれど。
とにかく、色んな意味で区切りだと思う。
俺はまじで明日まで生きるのかな。
まだ、自分が本当に25歳になるのだという実感が沸かない。
現在午前8時48分。

さっき思ったのだけれど、24日に24歳が終わって、25日から25歳が始まるんだ。
こういうの何て言うんだろうな。
嫌いじゃない。

昔の日記を少し読み返していた。
特に、誕生日の部分を全て。
読み返してみると、昔の俺は学校に行っても、そのまま授業をサボってしまっている事がやたらと多い。
何か、今よりずっと自由だな。
欝は酷かったけど、時間的には余裕があって。
昔に戻りたくなる。
昼前になって、メッセの子からメッセが入り、しばらく話した。
最近連絡が取れていなかったし、24歳最後の日にメッセの子と話す事が出来て良かったと思う。
最初はメッセの子の身の回りの事の相談を受け、それに対してアドバイスをしたりした。
俺はアドバイスしか出来ないけれど、メッセの子は「相談出来るだけでも心強いです」みたいに言ってくれたので、俺も何だか嬉しくなった。
その後色々雑談していた。
俺は誕生日に対して分単位でこだわるけれど、メッセの子にはそれがない。
俺が「でも、20歳の誕生日だったらさすがに分単位で気にならない?」と言うと、メッセの子は「それはないですね^^;でも、今日は10代で居られる最後の日だって風に意識したりはすると思います」と言った。
俺がメッセの子に「成人式はいつ?」みたいな事を聞くと、メッセの子は「成人式には出ませんから」と。
そして、「でも、紋付袴を着て写真屋さんで写真を撮ってもらうからいいです」と。
一生に一度しかない成人式を、そんな風に質素に終わらせてしまうんだ…と、メッセの子がとても不憫に思えてしまった…
俺自身が、今そういう1年に一度のイベントを実感しようとしているところなので、余計に。
俺は今24歳。メッセの子は19歳。
俺が初めてメガビに着た19歳の頃、俺に良くしてくれたロリヲタという固定が当時24歳だった。
当時の俺は本当に欝が酷くて、よく相談に乗ってもらってた。
その頃の俺が今ちょうど当時のロリヲタの年齢で、メッセの子が今ちょうど当時の俺の年齢。
俺は相談をする側から受ける立場になっている。
そんな事がふと浮かんだりした。
現在午後16時41分。

夕方になり、両親が田舎から帰ってきた。
午後15時過ぎくらいから大学の図書館に行ってみようと思っていたけど、ドタバタしてしまって予定が大幅に狂ってしまった。
でも、24歳最後の日をずっと家に篭もるだけで終わらせるのは忍びないので、俺は学校に向かう事にした。
午後18時頃に家を出た。
今から出ても既に図書館は閉まっているだろうけど、散歩みたいなもんだ。
とりあえず自分にとって大きな区切りの日でもあるし、家に篭もって自分の死亡率を0にしたままで過ごす、というのにも抵抗あがった。
別に死に急いでいるという程でもないけど、気持ち程度に今日死ぬ可能性を作っておかないとな、という気持ちになった。
学校へ到着するも、既に学校の門自体が閉まっていて中に入る事が出来なかった。
なので、そのまま学校の周りをぐるっと回って、そのまま駅に向かって歩き出す。
既に眠気でフラフラしていた。
帰り道を歩く途中、おっさんが俺の事を追い抜きざまに、俺の耳元に咳を吐きかけて行った。
眠気とタバコ、それにおっさんにかけられた咳に対する嫌悪感から道端で嘔吐しそうになった。胃液がちょっと出ただけで、結局吐くまではいかなかったけど。
午後19時過ぎに家に帰宅。
散歩中、今自分が24歳なんだという事を忘れているような感じになっている事が多くて、それがかなり悔やまれる。
何か、せっかくの24歳最後の日なのに、今自分が24歳であるという自覚が抜け落ちてしまってて。
そんなの当たり前の事だけど。常に自分の年齢を実感しながら生きてる奴の方が異常だし。
でも、今日くらいは自覚し続けて過ごしたかったな。
家に帰ってから風呂に入ったり、ニコニコ動画で映画「時計じかけのオレンジ」を観たりしていた。
現在午後23時44分。
24歳で居られるのも、あとたったの16分だ。

現在午後23時58分。
21歳の誕生日にあの子にもらったメールを読み返してみた。

現在午後23時59分。
24歳で居られる時間もあと1分・・・


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