現在午前0時00分。 8月が終わり9月になった。
昨日の日記で書いた「喜びを実感しにくい」 これを更に正確に説明してみる。 例えば、何か嬉しい事がある。 その時、『うわぁ〜』といったワクワク感、高揚感が沸くと思う。 そして、普通ならそれを素直に『喜び』として楽しむ事が出来るのだと思う。 でも、俺にはその感覚が『重苦しいもの』に感じられ、漠然とした不安感を煽る結果になる事が殆どで。 そして、『喜びってのはこんな程度のものなのか』と息を詰まらせ、そこから広がる事が無くなってしまう。途切れてしまう。 『こんな程度の感覚が一般的に【幸せなもの】とされているんだ』とか。 また、『人々はこういう感覚を糧にして生きているんだ』とか。 更には、『どうせ、【これ以上】の感覚にはなれないんだろうな』とか。 『俺には無理だ、永い年月を生きなきゃいけないのに、こんな感覚じゃ全然それに見合わない』 そんな気持ちになってしまって。 また、気持ちが高揚する事自体がかなり稀だし。 そんな感じだ。
今日は午前8時半頃に目が醒めた。 しばらくボーっとしたのち、同級生達との草野球に向かう事にした。 同級生が「下の子達が来る」と言っていたので、俺はてっきり中学時代の後輩達が来るのだとばかり思ってた。 でも、年下は年下だが、俺とは全く面識のないような連中ばかりだったので、少し安心出来たと思う。 おかげで、変にキョドるような事もなかったし。 しかし、野球で盛り上がる事が出来ない俺は、変な場違い感みたいなものを味わい続けた。 途中で集中力も切れてきて、試合の内容も全く意識に入らなくなり、ずっと別の事を考えていた。 試合が終わり、同級生の車に乗って地元に帰った。 その際、車中から見た風景に、変にノスタルジーを感じてしまった。 紫色に染まった空に、国道沿いに立ち並ぶ電気の付いた店々とか。 子供の頃を思い出す。 また、途中から、俺があの子と会った夜、一人歩いて帰った道沿いに差し掛かり、更に色々な感慨みたいなものが蘇り。 そんな感じで、野球よりも帰り道のドライブが、俺の心を奮わせた。 現在午後19時10分。
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