リュカの日記

2006年06月11日(日)

今日は午前5時半頃に目が醒めた。
寝起きから、タイプの男の子の性格は、好きだった男の子の性格はどんなものなのだろう、という考えが頭に浮かぶ。
本来、それは充分に気分を和ませ微笑ましくさせてくれるものなのだ、とか。俺はそれを強く慈しめていたはずなんだ、という自覚が強い。
でも、タイプの子は汚い奴らにやられているのだ。俺が一番認めたくない事だ。そうやってやられた男の子の性格がどんなものだったのかを考えたところで、余計に辛くなるだけだ。虚しくなっていくだけだ。そうやって、やられた子がどんな性格を持っているのか、を思い浮かべるなんて、もう死ぬほど無意味な事じゃないのか。
汚い奴らに汚された子なんて、俺がこの世で一番認めたくない存在だ。
タイプの男の子の持つ内面性を垣間見ようとした時、いつも決まって意識の中にこのような葛藤が沸き起こる。
そして、タイプの男の子の存在を「無意味」と断定。男の子について浮かんだ事を、意識の中から追い出してしまう。
いつもこのパターンだ。
それが、とても不快で厭になる・・
何で、昔みたいにそういう子を慈しみ続けさせてもらえないんだ。
殺してやりたい。ショタコン野郎をグチャグチャに引き裂いてやりたい。
悲しくてたまらない。悔しくてたまらない。
不条理だ。
臭くて醜い薄汚い野郎なんかのために!!!

少年に手を出すこういう奴らは、自分自身を「少年には釣り合わない醜い奴」とされる事を許さないのだ。
自分を汚いと断定する意見を批判する。
こんな腐った糞野郎なんかには、何に対しても「許さない」なんて権利は無いはずなのに、自分に都合の良い価値観、に対する批判意見を許さないのだ。
遠まわしに「少年に欲情する私は、少年と同等、またはそれ以上に綺麗で高尚な存在なんだ。そういう風に認めろ」みたいな主張を繰り返し、相手にそれを強要させる。ふざけてる・・
俺は、そういう奴らから何度もそうした主張を受けてきた。
こいつらが少年を汚した事が許せない俺に対して、少年を汚した汚いこいつら自身が「私を綺麗な存在だと思え。高尚だと思え。私の主張を認めろ」と遠まわしに主張するのだ。これほどまでの最低が他にあるだろうか。

タイプの子がどんな子なのか、とか思い浮かべて喜ぶ事なんてもう出来ない・・・・・
それが辛くてしょうがない・・

マクドナルドに行き、ホットケーキのコーヒーMセットとSEM2個を注文し、食べてきた。
帰り道で、とても可愛らしい男の子を見かけた。
家に帰って、しばらくボーっとタイプの男の子について浮かべていた。
ほんと、虚しい。人生まじ何なんだろ。

もう、うんざりだ。

好きなものには関わらないのが一番だ。

自分はこの先どうなっていくのだろう。
一生、この未練や想いに捉われ続けていくのかな。
多分、そうだと思う。
俺は感情ではなく、理性で作ったルールによって縛られているのだから。
そういう目に遭わされたんだ。だから、認めちゃいけない、受け入れちゃいけない、思い入れちゃいけないんだ。喜ぶ事も求める事も許せない。
だからと言って、どうでもよく放棄なんかは絶対しない。
みたいな感じで。
一生続いていくのだろう。
虚しいな。
一生心を埋めれない。
この連綿と続く意識の中の営みを、断ち切る事を自分自身に許せるだなんてありえないのだから。

両親が居ないおかげで、今日はあまり邪魔が入らない。
だから、今日は自分に内在する問題を意識させられる機会が多い。
何もやる気が起きなくて。やりたい事が何もなくて。
何をしていいのか解らず、大して興味もかき立てられないブックマーク内のサイトを何度も何度も循環してた。同じサイトを数十分おきくらいで、何度も、何度も。
また、ベッドの上にうつ伏せになってボーっとしてたり。
気持ちが重くて虚しくて、どんどん不快が募っていった。
それでも、やるべき事が何も無く、数十分ベッドでうつ伏せになり続けていた。しばらくし、またサイト巡りを再開し。そしてまたうつ伏せになり、ただやるせなさを感じ続けて。意識の中で、そのやるせなさを言語化するだけの気力さえ持たずに、ボーっと、ボーっと。
生きている事の無意味さを実感した。
今日一日、虚しさ、重さ、息苦しさをヒシヒシと感じ続けた。

決して、折り合いを付けちゃいけないから。


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リュカ

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