今日は、午前6時半頃に目が覚めた。
昨日ポケアフェから金が振り込まれたので、今日は銀行に1万円下ろしに行った。 それから、ダイエーに行き、本屋で「脳噛ネウロ」の2〜3巻と、お菓子を色々買ってきた。 通り道に、中学時代の可愛かった後輩の近所の道を使ったので、その子が連想されたり、色々たまらない気持ちになった。 欲情みたいな。
その子にその話を聞いた時、もしも最初から「これで受け入れられなかったら、自分はあなたの前から姿を消します」と言われていたとしても、多分俺は受け入れる事が出来なかったと思う。 もしも、「受け入れなければ自殺します」と言われていても、多分受け入れる事はなかったと思う。 何でここまで・・・ 何もかもを阻んで奪ったそのショタコン親父を、一生死ぬほど憎み続ける事しか出来ない。あの子はそいつを憎んでくれない。むしろ自分よりも上に見ている。 こうやって、その子との事は、全てそのショタコン親父に阻まれた。 こういう、似たような状況を何度も受けて、俺はタイプの男の子を「そこまでの存在」に感じる事が出来なくなった。 何の業だよ。 これで、あの親父が出所した後、あの子がそいつを気遣いそいつを励ましにでも行ったりしたら、もう殆どギャグだと言わざるを得ない。 そんなイメージもしょっちゅう浮かぶ。 こうして、そのショタコン親父とその子は、その後二人で幸せに過ごして行きましたとさ、みたいな。 その親父は、心にも無い反省の意思を装って"見せ"ながら、腹の中じゃ被害者であるその子の心境の変化を都合良く受け取り、勝ち誇って笑うのだ。とか。 俺が以前、ショタコン共の居る板に、この怒りや苦しみをぶつけに行った事があった。 すると、自分に酔ったショタコン野郎が、「リュカの感じているものこそ、ショタコンとしての業なのだ」と高尚ぶってほざいていたのを思い出す。 俺はこういう奴らに奪われたのに。 そいつらは、そうして少年を奪う側の立場であるのに、俺の感じているものに対し「これがショタコンとしての業なのだ!」と。『私達が共通して受けている苦しみなのだ!』という意味を含んで。 奪う奴の分際で、奪われた俺の感じているものを「我々ショタコンが背負っている業なのだ!」と!!!! こんな事をほざいているこいつら腐ったショタコン共に、俺は何もかもを奪われた!!!!! 奪う奴らの分際で、奪われた俺の感じる苦しみを、「自分達も背負って生きているのだ!」と主張するのだ。てめえら俺やその子に苦しみ与えてるだけだろうが!!!! 奪って苦しみ与えておいて、こいつら俺ほどの奪われた苦しみを、「ショタコンとして自分も受けてる」と主張するのだ。 てめえらそれほどのもん感じてんのかよ・・・・
久しぶりに、1時間ほどサイト編集作業をした。 疲れた。
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