リュカの日記

2005年10月08日(土)

昨日はずっとウェブドラマで遊んでいたり、メッセの子の相談を受けたりであまり考える事をしなかった。
午後17時過ぎあたりから眠りについた。
この時見た夢に、うちの親父が出てきた。
この前送った批判文章が、ローマ字になってしまうというバグがありながらもちゃんと親父のところに届いていて、親父はそれを読んでいたという内容だった。逆上した親父が、ジャニの少年を利用してどうとか、何か最低な事を言ってきたのを覚えている。「そこまで腐ってんのかボケ!」とか叫びながら目が覚めた。午後20時過ぎくらいだったと思う。
それからすぐ2度寝してしまった。
沼からナマズのようなドジョウのような生き物をすくってきたような夢を見た。
今日は午前3時半頃に目が覚めた。
落ち着いてるのか不安なのか、もう判断できない感覚だ。
精神的に落ち着けるような状況にないから、いつもそれを不安という風に捉えているのか。絶望だし。

いくら考えたところで、俺の中に「受け入れる」という選択肢は最初から入ってないし。そういう子なのに酷い目に合わされるという現実ばかり意識され。
救いが無さ過ぎて、もう沈み続けているしか無いように思う。
あったとしても、俺はそれを「救い」という風には捉えないし。
そうやって不謹慎に生きていく事にも抵抗があって。

昔はそういう子とこうなれたら嬉しい、こういう状況でこう言われたら救われる、みたいなものがいつも心の奥底にあったけど、今じゃそれさえ自分で否定しなくてはならなくなった。全部が全部どうしようもなくなってしまった・・
どうすればいい?といつも思う。
自分自身の否定に反して生きてくのは絶対に嫌だし。

そうなった以上はどうにもならない、というのは自分で望んだものだろうか。タイプの少年がそんな目に合わされる事は絶対に嫌だったけど、そうなった以上はどうにもならないべきなんだ、と。それだけ重い、ありえない事な訳だし。そういう子は、誰にとっても「どうにもならない」存在である事を望んでいたけど、自分に対してだけは甘く見て「誰にとっても」に自分は含めていなかったように思う。そうなる以前の話だが。

以前から知り合いに「携帯用の着メロサイトを作ってみませんか?」と勧められている。何でも携帯サイトだとアクセス数がハンパじゃないらしく、広告会社との契約で1アクセスにつき0.2円入ってくるとの事だった。
「リュカさんくらいのスキルで十分やっていけますから」と。
更新も週1くらいで良いらしく、俺みたいに「初めて作った」でも、一月に軽く3〜5万は稼げるそうだ。その知り合いも毎月20万ほど稼いでいるとか。
今までは気分が沈む事が多くて乗り気じゃなかったから申し出も断っていたのだが、この前気分が晴れていた時に「今度良ければ教えてください」と頼んでみると「おkです^^」と言ってもらえた。
どんなサイトを作ろうか、とか少し妄想に浸ってしまった。
でも、そんな感じで別の方向への意識が日常化してしまうと、欲求も欲求だけに俺の内面もどんどん少年に対して気持ちが冷酷になってしまうように感じる。

今日は学校が休みで、一日中ゴロゴロしていた。
現在午後15時50分。
このままで良いのだろうか・・と不安になる。
苦しみが無くてもあっても、それぞれ別の理由で不安が離れなくなるのでどうしようもなくなる。無ければ無いで、それが後ろめたさになるからだ。
陰鬱な気分にはならないのに、胸が少し苦しい感じだ。

自分の人生は、何をしても邪魔される。
大きな事から細かいものまで。
もう、それは偶然ではなく必然的なものなんだと信じている。
さっき、自分の人生やその中での少年の存在について、色々振り返りながら深く深く考え事に没頭していて、一段落付きそうになった瞬間神業的なタイミングで邪魔された。
また考え直さなくてはならない。最初から考えないと、さっきと同じものを感じる事は出来ないからな。
不機嫌になりながらも、また考え事をし始めた。
さっき浮かべた絶望やストレスをもう一度思い浮かべてみる事にした。
そこから深く深く入っていって、また一段落しそうになったその瞬間に邪魔が入った。
2度ある事は3度あるし、俺の場合だと絶対次も来るだろうなと思いながらも、しぶしぶまた考えに没頭していく事にした。
予想通りというか、またまた神がかり的タイミングで邪魔が入る。
「ほらな!」って感じだ。
で、4度目にまた最初から考え出したけど、今度は気が気じゃない感じで深く感じる事が出来なかった。
そしたら邪魔は入らなかった。でも、4度目は形式的に一通り頭に浮かべただけで中身なんてまるで無かった。邪魔される事にばかり気を取られるようになってたからだ。
邪魔されるんだという事を忘れて没頭できた時は邪魔されるけど、邪魔を恐れて意識を集中できなくなって、初めて邪魔が入らなくなる。
無意味なものとして、ただの形式として終わらせる以外に、俺の中で終わらせてもらう事は出来ないのだと悟る。
価値あるものとして完了させる事は、俺に対して許されていない。
まさに俺の人生の縮図と言える。
ふざけるな!
少年に関していえば、俺の中で完全に少年に対する価値が薄れて0になってしまうまで、きっと救いは無いのだろう。
もっとも、その頃には、これまで「救い」だと思っていたような物事が、俺の中で「救い」では無くなっているに決まってるけど。
結局淡白なものしか、何も得られないようになっているのだ。
そうでないものは、自分の中で淡白になっていくまで濁されて。
糞が。
というか、日記に自分の考えを吐き出そうとする時だって、毎度毎度邪魔が入って、感情的に実感できた言葉が浮かんでも、邪魔が入って実感できなくなってから、それをまた文章に直して投稿してるような状態だ。いつも。
もっとも、実感できてる瞬間に浮かんだ言葉だから、そうでなくなってしまった後で同じ言葉を使ったところで、読んでる方には変わりなんて無いんだろうけど。
もう、そうやって邪魔されて薄れて形式的に終わらせる、というのが何に対しても日常化してしまっているような感じだ。
あまりに日常化しすぎているので、俺にとっては完全に「必然的」な事なのだが、こういう事は科学的に証明できるものではないので(俺の脳内と外部からのタイミングがリンクするなんて)、いくらパターン化されていようが、それを「必然」と捉える俺は社会的に「キチガイ」という事にされるんだろうけどな。必ずそうなる風(阻まれる)になっているというのに。
よく、漫画とかドラマとかでキャラクターがボーっと考え事に没頭していて、何か重要な確信に迫りそうになったまさにその瞬間、第三者に邪魔されてハッと我に返ってしまうシーンって多いよな。
あれ、俺の日常。毎日あんなだ。
俺は神経質なので、そこで辞めずに何度も何度も考え直す。
同じ感覚で浸れそうになると、また同じタイミングで邪魔されて。
その繰り返し。
で、結局中身のない形式的なものとして完了させる。完了させないと気が済まなくて。すでにその時点で無意味なものに変わっていながら。
ほんと最悪。


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