リュカの日記

2003年12月24日(水)

色々考えていたけど、メッセの子と話してるうちに心が和んできて、ここで書く気もなくなった。
今日はクリスマスイヴか。

今日は午前11時過ぎに目が覚めた。
自分にとって、少年がどれくらいの存在だったのか実感が沸かなくなってきている。
以前なら、その子自身が最初から持ってるモノだったらなんでも肯定できたし、どんな事に対しても嫌悪感が出てくる事はなかった。
例えば相手が腐乱死体や水にふやけてグチャグチャになっていたとしても、一緒に暮らせたら幸せな気分になれて、そういう嫌悪感とかが一切出てくる事はないだろうと感じていた。
でも、今はそこまでの感情を持てないと思う。
相手の言う事が何でも自分にとって認められてその通りに思える事もなくなってしまったと思う。
ショタになってから、自分の中で色々なものがゴチャゴチャになっていて混乱した感じで、それを一つの価値観にまとめて考えられるようになるまで、欝になったり苦しんだり、そう思えるようになるまで本当に何年も時間がかかった。
その中でやっと「もし、こういう風になれたら全部楽になって救われた事になるだろう」と自分で納得してギリギリ誤魔化しきれる条件(答えのようなものだろうか)ができるようになったのに、今は自分の中でそういう価値観を作れるだけの元になる感情自体がなくなりかけているのでどうにもならない。
どういったモノが幸福なのか実感できないまま、自分にとって価値のない人生をただ生きてるだけの時に戻ったみたいでとても虚しい。
でも、やっぱりそれ以前に自分にとって全てだったものへの感情が薄らいでいったので、その時とはまた条件が違うのだろうか。
前はそういう感情を持っていたのに自分で納得して求めずにいられたのに、今は求める感情自体が少ないから求める事もなくなったという感じか。
そういう強い感情は持ちたいと思うけど、どうしてもその存在を求める事=そういう事実さえ求めている、という風に思えてしまい、自分自身でセーブをかけてしまっているような感じにも思える。
自分の板に、メガビの子の存在がネタであったと書かれていた。
少年愛板に確認に行くと、証拠になるページのリンクが貼られていた。
以前、その子の話を聞いたとき「そんな子なのに、女子高生でも合わないような目に合っているんだ・・」と考えて凄い欝に襲われた。
でも、その出来事自体ネタだったんだと思って少しホッとできた。
その事で凄い欝になっていた時期にネタだと聞かされていたら、凄い嬉しい感情が沸いてきただろうな。

今日の晩飯はバラ寿司と麻婆豆腐とチキンとジンジャエールだった。
クリスマスだけあって、大きなチキンが美味しかった。

その後でチョコレートケーキを食べた。


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リュカ

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