囁き
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くだらないことを色々と考え、疑問や、恐怖を持つ事が多い。それらは、誰しもが感じ、考えた上で、気にしなくていい程度のものなのだろうか?それとも、誰も気がつかないところを掘り返しているだけなのだろうか?
例えば、周りのものは過去のもの。誰も今を生きることは出来ない。そんな言葉で人が思う多くは、時は流れていくものだから。そう思っているのではないだろうか。少なくとも、僕の周りではそうだった。ぼくは、それに対して違うという意見を言うことはあまり無い(こんな話すらしないか、それ以前に)。 確かにそれもある。けれど、もう一つの意味もある。光や音も、それが目(耳)を通して認識するまでに、コンマ何秒という差がある。光や音だって、移動する時間というものが必要なのだ。つまり、見ている物や聞こえている音。触覚や嗅覚というもでさえ、時間の差も無く感じることは出来ない。もし時間の差も無く感じることが出来るならば、それは同一の時間軸に二つ存在することであり、時を越えることになってしまう。現在の理論では、時を越えることは不可能であるし、なにより、先ほどもいった、様々なものには移動する時間というものが必要だ。つまり、たとえ瞬間瞬間でさえ、誰もが『今』というものを感じることは出来ない。『今』と認識するもの、見えているものや聞こえてるものだって、コンマ何秒かは過去のものになってしまう。それは、もしかすれば思考や感情というものですらそうだろう。つまり、誰もが過去に包まれ、己すらも過去に生きている。全ては過去の集合体に過ぎない・・・ などと考えるのは俺一人なのだろうか。それに悲しみや不安、恐怖を感じるのは俺一人なのだろうか。それとも、誰もが気がつきながら、たいしたことないと生きているのだろうか。それが知りたいと、ふと思った。
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