前の日← ◎目次◎ →次の日



( 差別用語>外人と外国人�供 �
2002年05月12日(日)


昨日はなんだかやた眠かった。
そして今日はなんかやたら天気いいです。
週末天気いいとなんかむかつくんだよね…
週末はだから外出ないんだってば…!

そういえば、ビデオで「オーシャンズ11」を見ました。
ケケケ。やっぱブラピかっこいいっすね…
というか話は別におもしろくもなんともなかったけれども。
映像効果が結構ステキでした。
裏を突く作戦もなかなか。


―――――――――――――――――――――――

昨日の日記の続きです。

なんかやたらと気になって、「差別用語」についていろいろ調べてみました。
検索かけて見て、一番最初に思ったのは、
差別用語の撤廃に賛成するHPがほとんどない。
差別用語と入れて検索してみて
出てくるのは、差別用語そのものに対しての疑問視ばかりなのです。

これはおかしい。
じゃぁ誰が一体この問題を掘り起こしているというのか?

差別用語というのは実は、ものすごく曖昧なものであって、
一部の言葉(例:精神薄弱→知的障害者)以外は別に法律で
規制されているわけでもなんでもなく、
メディアが差別用語の濫用を避けるために作られたマニアルに因っているのである。
いわゆる放送禁止用語、というのと同じである、と思えばいいかと。
では、ただの単語がいかにして差別用語になるのか?
この疑問に明確に答えてくれるのがここ↓

 http://kan-chan.stbbs.net/word/pc/faq.html

わざわざ説明するのメンドクサイから気になったら読んでみてください(笑)

おおげさに言ってしまうと、
このままで行くとほとんどの言葉が差別用語になってしまうという危険は
ないわけでもないんじゃないかな、と思ってしまいます。
そして差別用語というもの自体を考えてみると、
昔から使われてきて長い時間をかけて意味が変化してしまった言葉、
というのがります。
そしてそれらをさらに分類してみると、二種類にわける事ができます。
それは、

 昔から使われてきた言語で、元々は差別の意味などなかった。

 或いは、元は差別的な言葉だったけれども、
 時をかさねるにつれ、差別的な色は全くなくなった言語

という2点です。
この両方は、似ているようで全く違います。
けれども、今の現状ではこの両方が、同じように差別用語になってしまう事実があるのです。
これはとてもおかしいと思う。
なんでもかんでも、誰かが、これは差別だ!
と叫んだら差別用語になってしまうというのか?
100人には100通りの見方があるわけで、
いちいち全員の意見を汲んでいったら、言葉など残らなくなってしまうんではないか、
と、近頃日本語の将来を憂いている私は思うわけで。
まぁこうゆう考えがいわゆる、「言葉狩り」という物になるわけですが。

けれども一つ思ったのは、
別に本人がそうと意識しないでその言葉を使っていて、
ある日、それが差別語だ、という事に気付いたとします。
本人は全くそんな気はなかったのに、です。
けれどもそれを知ってしまってからは、
その言葉に対して これは差別用語だ
というレッテルが貼られるわけです。
言葉に限らず、その言葉が差別していると言われる物自体に
差別意識をもっていなかったとします。
けれどその言葉を通して、ああ、これは差別なんだ、
という風に理解してしまったら、
それは余計な差別を生み出しす原因になるのではないか?
つまりあたしが言いたいのは、

差別用語を特定する事自体が、差別を広がらせる要因なのではないか、

ということです。

他にも言いたい事はたくさんありますが、
やたら長くなってしまうのでこのへんでやめときます…



両極面からこの問題を見てみたいな、と思ったんですが、
差別用語反対についてのいいHPがなかったので少々残念です。


<参考資料>

「差別用語と呼ばないで」

「差別用語一覧表」

>昨日の疑問に対する一番納得する答え
「外国人は外人?」







書き人→葉月
|メール|ホームページ|