- 2003年01月06日(月) 今ごろご飯を炊いている。 8:30 pm もうすぐ炊ける頃だろう。 ご飯の炊ける香りがしてくる。 --- 時々、とんでもなく些細なことが とても不愉快に思える。 きっと他人に話しても わかってもらえないような そんな些細なことが。 私はとてもずぼらなくせに とても神経質な面もある。 そのバランス具合といったら、 本当に両極と言っていいと思う。 それでバランスがとれているといえば、 別に構わないのだけれど。 神経質な時に、その感情を シェアしてくれる相手は なかなかいなくて。 シェアするということは、 相手も不愉快になってしまうので それはそれで困るのだけれど。 明日渡米してしまう親友は そういう不愉快なものを シェアしやすい相手だった。 二人でボーッと座っている時に とある賑やかなご家族連れが 私たちの近くに座ったとき。 私たちが辛抱したのは10分程だった。 顔を見合わせ、さっさと移動した。 二人が感じた不愉快の対象は 微妙に違っていたのだけれど、 微妙に似通っていた。 大した説明の必要もない。 別に、私達はご家族連れが嫌なわけではなかった。 その家族のある行動が嫌だったのだ。 それに対して、私たちは ひと言ずづだけコメントした。 それでおしまい。 別段、シェアしてくれる必要はない。 だけれど、何を不愉快に思うのかを 理解してくれる相手は必要だ。 でないと、誰かといる時に 私は我慢して我慢して我慢して そのことだけで気分が悪くなってしまうから。 理解しなくてもいい。 私が何かを我慢したり困惑したり そういったものを抱えていることを 察知してくれれば。 きっと。 私は我が儘なのだ。 嫌いなものが多すぎるんだろう。 食べ物の好き嫌いはほとんどないくせに。 人間の行動の好き嫌いはすごく多い。 それは嫌いという範囲を越して 生理的嫌悪感にまで達する。 馬鹿らしい。 無視すればいいだけなのに。 嫌なものほど目に耳にはいってくるのだ。 無関心でいられないのだ。 その場から逃げるしかなくなる。 何が嫌かなんて、 こんなところには書かない。 書いたって仕方がない。 あるいは、わざわざ自分の弱みを こんなところで晒すこともない。 これを読んだ人が 嫌がらせをしてくるとも思わないけれど。 -
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