『誰も知らない』やっぱり良かった。最高だった。神は細部に宿る、の代表的作品。ほんと細かい。そして飽きない。まだ2回目なのでなんともいえないけど、僕はこの映画をずっと観続けると思う。
以下、良かったところメモ。以前に観たときの感想とかぶるかも。そしてきちんとした文章じゃなくてごめん。ネタばれあり。
・帰宅した母親、眠ったふりをしている子どもの耳元にビニール袋を置く。性格のあらわれ? ・万引きの濡れ衣を着せられた明。お詫びの肉まんを持って帰る。袋を抱えた姿は美しいと思う。 ・パチンコ屋の駐車場で車に残された子どもと目が合うシーン。親としての何かが欠落してしまった大人たち。 ・母親の働く(はず)のデパートへ電話。一ヶ月前に退職したと伝えられた次の瞬間、カットが変わる。衝撃をカットの切り替えで表現。 ・誕生日のゆきを連れて出かける明。二人の歩く後ろ姿。ゆきの履いたサンダルが出すキュッキュッという音がどこか寂しい。 ・カップヌードルの空容器にそれぞれ名前を書く。ゆきが名前を書くのを手伝う明。京子のマニキュア、最後の空港のシーンで手を重ねるシーンなどもあり。手と手を重ねるのが印象的な映画。 ・紗希からおごってもらったゴクリを部屋に持って帰る明。テーブルの上にうつされたコップが4つあるところからみんなでわけて飲んであろうことがわかる。 ・足りなかった10円玉。 ・学校へ行けなくなった子ども、学校へ行けなかった子ども。お互いの逃げ場、あるいは救いの場所、居場所。
なんとなく「水」のイメージの映画。『エレファント』も同じような雰囲気があるんよね。つらくてひどい現実を描いているのにどこか美しい。
いじめにあって学校へ行けなくなった(行かなくなった)紗希と、行きたいけれど行かせてもらえなかった明たち。対照的でありながら、共に社会からはみ出してしまった者たちが寄り添う。温かいようでひどく不安定なその繋がり。 お金がなくなった明のために紗希は中年サラリーマンとカラオケに行き、お金をもらう。男にとって紗希は欲望の対象であって、紗希の生きている世界を知ることはもちろんない。誰も気づかないもどかしさ。僕らがなにもできないもどかしさ。
DVD、買おっかな。
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