ゆうじの日記

2004年05月30日(日) 多かったチャーシュー

「今日も知り合いがまた1人、20代の世界に旅立った。もう10代の世界には戻ってこない。私に残された時間もあとわずかのようだ・・・。あぁ、お腹がぷるぷるだ。l;jkふぃあj@;q・・・」

↑TVゲーム「バイオハザード」の日記風。分かる人だけ分かっちゃって。だんだんウィルスに感染して、人間としての自我を失っていくのよー。

好きな人とメールするのがまどろっこしい。返事を打つよりも話をしたいから。でもそれでもやっぱり、メールが来るとワクワクするのは当たり前。
で、ついさっきまでメールしてたんですよー。なんっかもうウキウキしすぎです、テンション上がりすぎです。今の僕は、村上春樹の小説に登場するような「クールでタフな二十歳」にはほど遠いな、と思った(笑)

村上春樹の小説の主人公たちはよく手紙を読み返す。

そして、彼らは目印もないのに待ちあわせで相手に見つけられる。

今日も高田馬場に行ってきました。特に理由はないのだけれど。なんかもう、暑くて倒れるかと思った。適当なタイミングでクーラーのきいたお店に入らないと、本当にやばかったかも。
でも晩ご飯はいつものラーメン屋さん。普段はチャーシューが1枚なのに今日は3枚だった。店員さんの気まぐれ? 
ちょっと嬉しかった。いや、チャーシューがどうのこうのという物的な嬉しさではなくって、もしかしたら顔を覚えてくれたのかなぁ?みたいな期待。「いつも来てくれてありがとうね」的な意味合いだったらすごく嬉しいじゃないですか。でも、これはもちろん完全に妄想なのです、ごめんなさい。

以下は、今朝早くに書いた文章。明け方にちょっと悲しくなって、気持ちを整理するつもりで日記に書いてた。だから恥ずかしい。

ありのままの自分を受け入れることが苦悩の種になっても、それも自分の一部だから切り捨てることができないの。
by映画「17歳のカルテ」

また、観てもいない作品からひっぱってきてしまいました。やっぱり17歳の時に観たかったのですが、気が付けばもうあとわずかで20歳。未だに観ていません。

じわじわと、亡くなった先生の年齢に近づいていきます。
先生はいくつで亡くなったんだっけ。40代だったんだろうけど、正確には覚えてない。お通夜の時に奥さんから確かに聞いたのに、もう覚えていない。

覚えているのは「自分が教えた生徒達を誇りに思っていたから、あの人に悔いはなかったと思うから」「まだ近くにいるから」という奥さんの言葉。
もしも本当にあの時そばにいてくれてたのなら、せめてお礼の一言を言えば良かった。
お世話になったのに、結局ちゃんとしたお礼は一度も言えなかった。「はせがわぁ」っていうだみ声は今でも思い出せるし、悪ふざけのしすぎでめちゃくちゃ怒られたことも、結果的に自分のプラスになったこととして強烈に記憶に残っている。黒板に押しつけられて頭から流血なんて経験は一生であの時だけだろう。

こんなにも影響を与えてくれたのに、もう会うこともできん。

高校に入ったあとも年賀状をくれたのに結局めんどくさくて返事を返すこともせんかった。卒業したからって中学校はすぐそこだったんだから挨拶くらいしにいけば良かった。

だけど「あれをすれば良かった、こうすれば良かった」といつまでも考えるのはその先生のスタイルではない。
先生は自分に絶対の自信を持っておられたし、なんかあっても、クラス全員をその体一つで守ってくれるような先生だったから。間違ったことは許さない人だったし、そのぶっとい腕で殴られたら冗談抜きでお星様、キラリーン。

あの先生の教え子って誇りがある。だから、先生みたいに普段から強い人は無理でも、せめて「やるときゃやる」人にはなろう。なりたい。なれるよ。


あー、読み返すと、やっぱり恥ずかしい。でもこんなヘタレな自分の中にも先生はまだいてくれとるのは確か。亡くなっても、なお力になってくれて、感謝しきれない。


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ゆうじ