「何回転んだっていいさ 擦り剥いた傷を ちゃんと見るんだ 真紅の血が輝いて 「君は生きてる」と 教えてる 固いアスファルトの上に 雫になって落ちて 今まで どこをどうやって 歩いて来たのかを 教えてる」
一生転ばずに上手に歩くよりは多分、転んでケガしたほうがいいへん?痛みを知らないままに成長するのって実は怖いことだへん?人の痛みすら自分のもののように考えられるのって実はすごい才能なんじゃないだ?なんてことを↑の詞を読んで思った。連想(?)なので詞が言いたいことと、僕が思ったことはちょっと違う。
バンプオブチキンの「ダイヤモンド」という曲です。バンプの作品のなかでも人気が高いみたいなんだけど、僕にとってはあんまり印象の強い曲じゃなかった。 だけどベッドのなかでごろごろしとったら頭のなかに曲が流れてきて今日の日記みたいなことを考えさせてくれた。やっぱ芸術にはそういう力があるみたいです。アルバム、欲しいなあ。
「ひとつずつ ひとつずつ 何かを落っことして ここまで来た ひとつずつ 拾うタメ 道を引き返すのは 間違いじゃない」
「後ろを振り向かずに、さぁ歩いていこう」みたいな詞に救われる人(時)もおると思う。逆に、戻ることを間違いじゃないって言ってくれて、それに救われた人(時)もおると思う。 この言葉はバンプの基本姿勢なんじゃないかなぁ?そんなに彼らの曲を聴きこんだわけじゃないけどなんとなく。 今更なにいってんだ?とかだったらごめん。まったくの見当違いでもごめん。
「後にも先にも ひとつだけ ひとつだけ その胸で ギュッと 抱えて離すな 世の中に ひとつだけ かけがえのない 生きてる自分 弱い部分 強い部分 その実 両方が かけがえのない自分 誰よりも 何よりも それをまず ギュッと強く 抱きしめてくれ」
*太字の部分はすべてバンプオブチキンの「ダイヤモンド」より。
こっからは生活(?)の日記。
今日は健康診断。身長も体重も減っていてショックだった。身長はギリギリ163センチじゃないくらいの162センチで、体重も50キロ以下になってしまった。やれやれ。
帰りに500円のラーメンセットを我慢して250円の吉野家の豚丼を食べた。500円のラーメンセットはすごく食べたかったけれど、明日から授業も始まるのでお金を更に節約せねば!と思ってあきらめた。 実は吉野家の豚丼は初めて。良くも悪くも吉野家って感じでした。吉野家とすき家の豚丼を並べられたらすき家を選ぶなあ。あんなにお世話になっておいて裏切るようでごめん吉野家。ヨシギュー?いいえ、ヨシブー。
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