今日は友達に200円貸した。これは事実。
学校から帰る途中にビデオ屋さんがあるんだけどそこに寄った、んで最初に2階のゲームコーナーへ行ってみた。ちょびっと欲しいゲームがあって、それの価格はその時の所持金+200円くらいだった。
その友達に200円、貸さなければ買えた。これは仮定。
その友達に200円、貸したから買えなかった。これは結果。
別に「金、貸すんじゃなかった」と思っているわけではなくってその友達に貸した200円っていう金額と足りなかった200円っていう金額が一緒なのがなんとなくおもしろい。
その後、ビデオを何本か借りて岩井俊二の「ウォーレスの人魚」を買って帰りました。
おもしろいっていうのはもしも200円貸さなかったのならゲームを買って、ビデオと本は買わなかったかもしれないって事。もしもゲームを買っていたら今日借りたビデオは永遠に観なかったかもしれないし本も読まなかったのかもしれない。 なんて説明すればいいのかわかんないんだけど別に人生で出会えるものは限られているって事を怖がっているのではなく「お金を貸す」って行為で道が分かれたっていうのが楽しいっていうか、やっぱ人生の中で手に入るものの数って決まってるんだろうか?って思ってしまったっていうか・・・
なんか自分でもよくわからん!説明諦め〜
ちょっと今、自分以外の人の事を心配している。その人との関係に悩んでいるわけでもなく自分自身の何かを心配しているわけでもなくって多分、純粋にその人の事だけを心配している。なんだかそれって俺の人生の中では新鮮な事だったりするかもしんない。なんか俺、変わってきてるかも。
そして↑の事を書いたあとに「でも、俺なんかじゃ相談相手になれないかもしんない」だとか「頭でどんなに考えていても口に出せなければ意味がない」だとか「心配だとか言ってて悩みの原因がおれだったらどうしよう・・・」とか考えてしまうのもまた自分。あ〜あ・・・
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