ゆうじの日記

2001年11月02日(金) 長かった今週も終わりです

なんだか今週は色々と疲れました。そういうわけで今日はグッスリ休もうと思います。いっつもゴロゴロしてるような気がするけど(笑)

明日は久しぶりに五穀さんとポップン叩きに行くので楽しみ〜♪

やっぱさ、学校も楽しいっちゃあ楽しいけど学校で友達と会うよりもその友達とどっか遊びに行く方が楽しい場合が多いじゃん?

ちなみに最近、お札を燃やしたい気持ちがちょびっとある。や、別に危ない気持ちとかそういうのじゃなくって映画「スワロウテイル」とか本とか読んでたら中国(?)のほうではお葬式の時にお金を一緒に燃やす習慣(?)みたいなのがあるらしくってなんかそれって日本じゃ考えられない事だなぁとか思ったわけですよ、はい。そんでちょっとやってみたいかもって気持ちを抱いたのです。

お葬式といえば、国語の授業の時にならったんだけど最期の言葉=遺言(?)にはその人のこだわりとかが端的にあらわれるもんらしい。授業での例は夏目漱石と森鴎外の2人で夏目漱石は「俺は死にたくねぇ」みたいな事を言って、森鴎外は死ぬ前にちゃんと遺書を書いて遺産とかもちゃんと分配してから死んでいったらしいです。どっちがいいとかじゃなくってやっぱり人のこだわりってもんがそういうところにもあらわれてるんだよねって話し。

まだ17歳(とはいってもそれよりももっと若い年齢で死ぬ人もたくさんいるのだけど)だし、死んだ時の事を考えるのは人生っつ〜もんに対して失礼にあたるかもしれないんだけど俺が死ぬときはどういう事をいうんだろ?とかちょっと考えてみた。

これは淀川長治さんも本で書いていた事だし、俺自身も以前に日記で書いたような気がするんだけど映画館で映画観ながら死んでいくっていうのに憧れてます。できることならば俺の人生で一番愛した人(今のところは幼馴染みの1人です)と俺の人生で一番愛した映画(今のところはスタンドバイミーなのだろう)を俺の人生で一番愛した映画館(今のところは○子駅前のサティの映画館であろう)を貸し切って観て、そんで眠るように死ねたらとか思う。

でも、それは今現在元気だから言える事で実際に死ぬ場面に直面しそうになったら怖くてパニくるかもしれない。少し前に自分が病気で死ぬ夢を見たのだけれどすごく、すごく怖かったし。

それに、明日絶望的なすっごく絶望的な事件が起こって自殺しないとも言い切れないわけでして。

まぁそんな事を考える余裕があるということは生きてるって事で今ココニイルコトに感謝すべき&精一杯生きる事もできるっつ〜事なんだろう、きっと。

最近、電車通学にして学校についてからの時間が暇(なにしろ俺以外誰もいない時間につくことがしばしばなのだ)なので英語の予習(っていってもわからない単語とか調べただけだけど)とかしてみた。普段は重い英語の授業の空気がなんだか軽いモノに思えた。なんだ、勉強って楽しいじゃん♪


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ゆうじ