ぼんのう
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| 2005年04月07日(木) |
今更ながら、フランス印象派 |
中学高校時代、いやな思い出しかないが、人生での大きな指針を与えてくれた恩師(故羽入田先生、他)と、強烈な同級生に関しては、時折ふと記憶の片隅で、ポゥっと灯ることがある。
名前は神島譲二。立正大学の故神島教授の息子。同じ年齢にも関わらず、中学の頃から政治学や哲学について、深い洞察力を持っていたのは、おそらく父親譲りだったのであろうか。その特異な才能から、我輩と同じように周囲に溶け込まないでいた。また今から思うと大変残念なことだが、彼の早熟さについていけずに、会話をあまり交わさなかった。
学校から帰宅すると、延々ステレオの前にドビュッシーを聴きまくる趣味を持った神島は、高校を卒業すると我輩と同じように系列の大学にいかず、一浪して東京外語大学に進んだ。同時に上智大学にも合格したようだが、彼らしいというか、はたまた父親の影響かのか、外語大に進む…しかもインド語に関係する専攻とは…。
その後連絡とか全くしなかったが、新聞で父親がお亡くなりになったことを知り、お悔やみの手紙と共に花を贈った。そうしたら、自筆による真面目だが繊細、神島らしい礼状が届いた。…大変驚いた、しかし中高の知人で、このような有り難い気持ちを送ったのは、おまえだけだ…。 我輩らしくもないが、誉められたような気分になり、うれしくなった。
現在、神島君は、日本で数少ないインド音楽演奏者として活躍をしている。時々ネットで、彼の名前を見ることがある。演奏に行きたいが、如何せん時間がとれず、いつも残念に思う。
そんな我輩も、最近ドビュッシーにこり出した。 神島君の精神年齢にやっと追いついたのか…そう思うと自分自身、恥じる気持ちになる。
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