| 2009年07月01日(水) |
「落語とは人間の業の肯定である」 |

昨日借りてきた「赤めだか」がとても面白い。立川談春が17歳で高校を中退して立川談志に弟子入りするところから始まり、さっきまで読んでて談春青年の1年半遅れで3つ年上の志らくさんが弟子入りしてきた。ここからまた面白くなりそう。 ところで私は立川談志を4年くらい前に見かけたことがある。今の会社に転職してから毎年、正月仕事初めの日の帰りに1人で浅草寺に初詣に行っている。2年目の年明けの初詣の帰り、1人で歩いている談志を見かけた。辺りを歩いていた人も気づいて「談志だ」「談志だ」と囁いてはいたけど誰も話しかけることはなかった。いつものヘアバンドに腕組みをしてサッサと歩く談志は、気安く話しかけられそうな感じではなかった。その話を同僚のUに自慢したのが始まりだった。Uの祖母と父親が落語好きで、談志と志ん生、志ん朝のだったらカセットテープやcdがあると言われ初めて落語をちゃんと聴くことになった。
聞き取りやすさや表情まで見えてきそうな、私は志ん朝の方が好きだった。そうこうしているうちに東京に引っ越し図書館通いが始まったことで落語のcdを借りてくるようになった。志ん朝のcdがなければ志ん生のを借りた。花の香るような志ん朝に比べ、志ん生はその花をたたえた木のような感じでどっちも好きだった。そんな感じで2〜3年、図書館に行くたびに落語のcdを借りた。タイトルを気にもせず、その時棚に並んでいるのを聴いたことがあってもなくても借りた。まわりに落語を聞いている人もなく、誰かと落語の話をすることもなく、ただ借りてきては聴いていた。それでも寄席に行ったことが1度もない。スカパーでたまに落語を放送していて、先日は柳家三三の落語を見た。それでも寄席に行ったことが1度もない。それがとうとう立川志らくの落語を生で見れる日が来たのだった。それが他でもないzazen boysによっての実現なのだ。半年近く予約して待っていた「赤めだか」が入りましたという図書館からのメールを受け取ったその日の午後にzazen boysの野音があり志らくの話が出た。どう考えても立川流に呼ばれているとしか思えない奇跡的なタイミング。こういう不思議な流れが人生を楽しくしていくものなのかと時々思う。
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