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2005年12月05日(月) 書評:カート・ヴォネガット「猫のゆりかご」


「猫のゆりかご」(Cat's Cradle)とは何であろうか。このタイトルでピンと来る人は少ないに違いない。それは英語圏では、「あやとり」を意味する。なるほど、ハンモックのような紐の形は、子猫がすやすやと眠るのに適していそうでもある。

この小説の中には「架空」の「偽宗教」が登場する。あえて括弧でくくったのは、この宗教が二重の意味で捏造であるからだ。ボコノン教というその偽宗教は、カリブ海に浮かぶ架空の島で、貧困にあえぐ人々を救うために捏造されたという設定だ。辛く厳しい現実を、嘘で塗り固めて見せないように仕向ければ、人々は幸せに違いないとのコンセプトでその宗教は作られている。そして、常に書き足し続けられる経典の中で、全ては嘘っぱちであることを教祖自身が宣言している。島の支配者である大統領に、ボコノン教を弾圧させ、信者を死刑にすると宣言させ、自分の首に賞金をかけさせるという念の入れようである。その理由が、その方が宗教らしいからというのだから恐れ入る。

主人公は、ドキュメンタリーのライターである。広島に落とした「原爆の父」である科学者を追い、原爆が落とされた当時、その科学者が何をしていたのかを知ろうとして奇妙で長い旅に巻き込まれていく。そして、その科学者の子供の、小人のニュートから、父親が何をしていたか聞きだすことに成功する。それがタイトルの「猫のゆりかご」である。世界の裏側で何人もの人間が原子の熱で蒸発していたときに、彼は、それをしていたのだ。

そして、その遍歴で彼は自分自身の属する「カラース」に次々に遭遇し、ときには「グランファルーン」に巻き込まれて閉口しながらも、やむにやまれぬ事情によって核心へと迫っていく。むろん、そこには核心などあろうはずもなく、環礁の中心のように空虚である。「全部嘘(フォーマ)だ」というコンセプトがじわじわと効いてくる。そこにあるのは、ただ、世界とは隔絶された場所の、しかし世界全体への脅威となりうる兵器を持つものが三人揃う小さな南の島を巡る悲喜劇である。そしてやがて、主人公はボコノン教に自分が既に入信していることを知らされる。挙句の果てにその島の大統領に指名され、あや取りの紐が円環の中で無数の組み合わせを作り出すように、物事の連鎖と連鎖の末、「世界の終わり」への道が開けてくる。

この小説以後、ヴォネガットはSF作家ではなく、文学の徒であるとの認識が一般的となった。「猫のゆりかご」がマニアックで熱心な読者層を獲得した理由は、このストーリーそのものの魅力ではなく、おそらく、ボコノン教の魅力である。ストーリーの合間に語られるその教えは、実に人を食ったもので、それでいてクールである。そのすっとぼけた珍妙な教えの数々が散りばめられたこの小説を読み終わるころには、あなたも紛れもない一人前のボコノン教信者になっていることだろう。請け合ってもいい。

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