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2005年12月04日(日) 書評:ジュンパ・ラヒリ「停電の夜に」


99年デビューの新人ジュンパ・ラヒリは、今ニューヨークでもっとも注目される女性作家の一人だ。それは、若く美貌の作家であるというだけではなく、若くして「病気の通訳」でオー・ヘンリー賞を、同作を含む短編集「停電の夜に」でPEN/ヘミングウェイ賞、ニューヨーカー新人賞そして2000年には新人作家としてピュリツァー賞を受賞するという華やかな経歴のためでもある。

その名前からも推測できるように、ラヒリのルーツはインドである。インド系ベンガル人の移民である彼女は、幼少時に渡米し、ロードアイランド州で育った。彼女の短編のいずれにも、自らのよりどころとする文化が色濃く刻まれている。

この短篇集に収められている中からいくつか取り上げると、移民してアメリカナイズされたインド人家族をタクシードライバーがインド奥地の遺跡に案内する「病気の通訳」、インドに望郷の念を抱く女性にベビーシッターに預けられる少年の視点を描いた「セン婦人の家」、そして冷え切って遠慮がちなインド系アメリカ人夫婦が自分の秘密を5日連続の停電の夜に打ち明けあう、表題作「停電の夜に」など、それは自らの出自とアメリカという国の接点を繊細に緻密に描いているものばかりである。

ガルシア・マルケスなどに通じるマジックリアリズムの匂いも濃厚に感じ取ることができる。生まれてこの方ずっと病気で、ありとあらゆる医者・薬師・呪術師・宗教家に言われたとおりの治療法を試したが全く効果がなかった女性が、あることを境に突然治癒するという「ビビ・ハルダーの治療」など、その典型であろう。最新式の流し台をすえつけたことでアパートの共同体にひびが入り、その結果、共同体の中でもっとも弱き者であった門番が追放されるという筋書きなどは、「百年の孤独」のエピソードを思わせるところがある。

彼女の筆致は、時折凄みを感じさせるほど上手い。文章の巧みさはあらためて指摘するまでもない。心理描写を過剰に行わず、行為そのものに語らせるのが上手いのだ。本筋に関係のない心理描写はもちろんそのまま書くのだが、ポイントになる部分は決して地の文では触れない。この文章作法は基本的なことではあり、大学の創作課程のではおそらく一番最初に教えられる種類のことだと思うが、熟達した作家でもなかなかうまくいかないものだ。また、彼女は、文章を削る作業を徹底して行っていると思われる。おそらく。それほどにまで、無駄な文がない。書き過ぎの文は、たったワンフレーズであれ、時として作品全体を壊すことがあるが、この短編集に収められた短編には、それがほとんどない。

また、これは全体としていえることであるが、短編の構成が骨太である。短編であることに堕していないというべきか、あるいは短編ならではというべきか。

唯一懸念があるとすれば、インドと米国の文化の違い、あるいはもっというならばポストコロニアリズムに根ざした彼女の武器は、時として弱点にもなるということであろう。このまま書き続けていけるのかという心配を人事ながらしてしまう。しかし、この短編集からは、そういった弱点の気配は微塵も感じさせない。

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