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2004年10月05日(火) 書評:綿矢 りさ「蹴りたい背中」(2003年下半期芥川賞受賞作)


冒頭の数ページの文体に、激しい拒否反応を示す人がいることは想像に難くない。そして、その人々が例外なく指弾するのは、「日本語になっていない」という点であろう。「オオカナダモ?ハッ。っていうこのスタンス。」という文章を読むと、隔世の感を抱く読者も少なくないはずだ。

しかし、総じて描写は正確である。一読すると、「正確」という言葉はこの文体からは遠いもののように思われるかもしれない。しかし、私には、この小説における描写は、きわめて的確で、むしろ優等生的な正確ささえ保持しているように思われる。学校生活における協調と孤独というありふれたテーマを、描写の力によって読ませる力量は大したものだ。

そして、もうひとつ強調しておくべきなのは、集団にうまく馴染めず、また自らも集団の論理に対し欺瞞を感じつつ、それでも連帯を求めてしまう思春期の揺れ動く心を描く、その細やかさとそれを活写する能力である。痛々しい心の動きの瞬間を捉え、それを筆の運びで描写する能力を、「運動神経」とでも呼ぶべきだろうか。そういった動きのよさを感じる。言葉が身体の隅まで行き届いているのは小説家として当然必要な能力であるが、それを自分の文章の中で再構成する能力に長けているように思われる。

しかし、描写の点を除くと、この小説には読むべき点は少ない。というより、ない。ほのぐらいサディズム的なエロティシズムも、ことさらに語られるべき深みはないし、むしろそういった部分はすべて描写に奉仕するために存在する。その逆転があるからこそ、「蹴りたい背中」はよく出来たリアリズム小説であるといえる。しかし、その先は見えない。

結局、私は立ち読みで済ませてしまった。残念ながら。
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