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2004年10月04日(月) 書評:吉村 萬壱「ハリガネムシ」(2003年上半期芥川賞受賞作)


冒頭から、蟷螂の惨殺とその首のない死骸からハリガネムシが腹から這い出すシーン。そして、より吐き気を催すようなシーンの連続。しかし、それをぐいぐいと先を読ませる力量は評価に値する。どこまでも堕ちていく主人公の悲惨さが、読み進めるうちにむしろ自然に感じられてしまうという事実が、この小説の到達点であり、また、限界でもあるだろう。

暴力と性の問題は、文学に限らず繰り返し問われるテーマである。この作品で、作者がストーリを書き続けられるのは、「暴力と性とが不可分に結びつく」男の側の事情と「性そして暴力の受容により男の身分を固定化する」という女の側の事情という、典型的な物語の枠組みに沿っているからである。いわば、既定路線なのである。そのために、その悲惨な状況も、読者にとっては一種安住できるものに転化してしまう。

しかも、主人公が社会的に逸脱していく必然性はもとより感じられず、そこが書けていない故に、読後感はあまり良くない。突然、理由もなく暴力の世界に否応なく巻き込まれていく人物像を描くことに終始しており、それ自体は良く書けているが、それはあくまでファンタジーなのである。そして、読者はファンタジーとしてこの物語を受け入れるが故に、悲惨な暴力的表現も素直に受け入れられてしまう。結局は、より高度で悲惨な描写のみを「強度」として続けられる終わりなきレースとなる。

ちなみに、吉村氏の「人間離れ」を過去に読んだが、その読後感も非常に、優れて、悪かったことを書き添えておく。その理由も同じである。
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