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2004年02月19日(木) 留学日記:フィラデルフィア美術館/デュシャンの「遺作」


Marcel Duchamp, Bicycle Wheel, etc.

学生時代の一時期、マルセル・デュシャンにはまっていた。デュシャンが好き(だった)というのは、ミーハーな学生にありがちな症状であって、あまりおおっぴらに言えないような趣味ではあるが告白してしまう。

それはともかく、彼の初期の作品(「階段を下りる裸体」Nude Descending a Staircaseとか)と、大ガラス(「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」The Bride Stripped Bare by
Her Bachelors, Even)それに、彼の遺作(「(1)流れ落ちる水(滝)、(2)照明灯、が与えられたとして」Given: 1. The Waterfall, 2. The Illuminating Gas)が謎めいていて好きだった。既に時効なので言ってしまうが、ポンピドーでは、椅子の上に付けられた車輪を回して遊んだりもした。(というか、ああいう作品は触りたくなるという衝動を挑発しているものなので、触ってやらないと作品および彼に対して失礼である。)

彼が晩年に沈黙を守りつつ長期間にわたり製作を続けた「遺作」は、絵画や彫刻ではなく、インスタレーションである。インスタレーションの仕掛けは、実際の現場で見なければ判らないことが多い。そして、それはフィラデルフィア美術館にしかない(注)。学生時代から是非とも一度見たいと思っていたものであるが、フィラデルフィアという場所が若干アクセスが悪いため、今まで実現しなかったのだ。今のロースクールに行くことに決めたとき、真っ先に頭に浮かんだのが、治安が悪いという噂とこの美術館の存在だった。

先週の日曜日の午後、ついに行く機会を得た。1階のコンテンポラリーアートが集められたウィングの一番奥に、薄暗い部屋が用意されている。のぞき穴が二つ空けられた、古めかしい扉が据え付けてある。覗くとこのようになっている。


Marcel Duchamp, Given I :1.waterfall, 2. illuminating gas, 1946-66

美術書で見たものとまったく同じであるが、やはり彼の意図は写真では伝わらないことを実感する。まず、前提条件の一つ、「流れ落ちる水(滝)」というのは、奥に見える滝である。どのような仕掛けになっているかはわからないが、ともかく青い光を明滅させながら流れているように見える。しかも、その流れ方はすこぶるチープだ。背景の青空と森の絵も陳腐この上ない。あの安っぽさがデュシャンらしい。

そして、肝心の「ランプ」を持った裸体であるが、覗き穴の角度が固定されているため、裸体の顔を見ることができない。美術館というかしこまった場所で、Peepingのスタイルという決まりの悪い姿勢を観客に強制させるという悪戯心と、同時にどうしても顔を見たいという欲望を掻き立てておいて、絶対に見せないという態度が挑発的である。あの顔に、デュシャンのことだから何か悪戯を仕掛けてあるはずである。(たとえば、顔にL.H.O.O.Q.におけるような髭を書き加えているかもしれない。あるいはランプと流れ落ちる水というタイトルに関係する何かが用意されているかもしれない。)覗き穴のある扉を点検してみたが、いくつか割れ目のようなものがある。そこから覗こうとするも、埋められていて中を窺うことはできない。角度的には、そこに穴が空いていれば見える角度になっている。おそらくこれも彼の戦略であろう。

そして、最後まで謎は謎のままに残される。その秘密の鍵を握っているデュシャンは、文字通り墓場の中までそれを持っていった。さぞ満足であろう。

(注)フィラデルフィア美術館(Art Museum of Philadelphia)は、デュシャンのコレクションがもっとも充実しているので有名である。
(Note on Fair Use: The purpose of the use of Marcel Duchamp's work in this website is purely non-commercial education use, especially for the purpose of criticism. See 17 U.S.C. Section 107. Furthermore, to take pictures of the copyrighted work in the Philadelphia Museum of Art itself is expressly permitted. Marcell Duchamp's works:© 2000 Artists Rights Society (ARS), New York/ADAGP, Paris)

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