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2003年05月26日(月) 彫刻家の友人の個展に行く(第2回)

(前回からの続き)

日本橋三越を出るため下りエレベータに乗ると、振り袖を着た若い女性が2名、エレベータに乗ってきた。パトロンらしきご老人がそれに付き添い、上機嫌で喋り散らしている。非日常の世界が別の非日常に取って代わられただけのことであるが、白粉を塗られた白いうなじが眩しい。別の展示場にあった舞妓の油絵から抜け出て来たような、と言うと表現としては陳腐であるが、それに似た奇妙な感覚を覚える。眩暈に似た感覚と描写してもよい。エレベータガールの時代がかった衣装と振り袖の女性、そして上物のタキシードのようなものを羽織った年配の男性により占領されたエレベータは、緩やかに下降していく。

彼らを横目に見ながら、エレベータを下りる。出口から路上に出る。ひんやりとした夜気がようやく冷静さを呼び戻す。目抜き通りであるはずなのに、人通りは少なく、静かである。地下鉄の駅に向かって歩き出す。一体あれをどうやって作ったのだろうか。歩きながら考える。作業工程はシンプルである。石を選ぶ。形を決める。場合により機械の助けを借り、大まかな外形を彫っていく。その後、鑿で丁寧に削る。そして念入りに磨く。しかし、そのシンプルな説明とは全く別の疑念が浮かんでくる。鑿を入れると石の表面が膨らむ、という思いもつかなかった説明を受けたためか、実際の作業過程のイメージがうまく結べない。Kが創作している姿を是非見てみたいと思った。

地下鉄の入り口にさしかかっても、まだあの彫刻のことを考えている。深みのある黒い大理石の磨かれた表面を見ているとき、妙に心が落ち着いたことを思い出す。地下鉄の急な階段を降りながら、置き場所を考えている自分に気づいた。留学先に持っていくことはできないだろう、とすれば、どこに置くのが相応しいのか、等と考える。あの作品が自宅の居間の飾り戸棚に置かれている姿を想像したとき、何処か遠い心の底の方で、あの大理石をガラスの棚の中にコトリと置く音が聞こえた気がした。

その晩は、学附小金井中の同窓と会って、久しぶりに呑む(が、留学前の予防注射のため酒は飲めない)。だいぶ遅くなって、Kも来る。あの彫刻を買いたいという同窓が居て、内心驚く。確かに結構「売約済み」の札が懸かっているものも多かったが、あの作品が売れてしまうとは想像していなかったのだ。結局、先に買ったもの勝ちということで、話はそれきりになった。

翌日、午後から再び日本橋三越の展示場を訪れてしまう。まだあの作品は売れていなかった。夕方まで粘って見て回り、自分の決心が揺らいでいないことを知る。買いたいと言っていた同級生には悪いと思ったが、結局、購入することにした。結構大きな出費ではある。優にノートPC2台は買えてしまう。美術品にこれだけ多額の出費をしたのは初めてである。執務室に飾るためにシルクスクリーンを買ったことはあったが、美術品を所有したいと心から切望したのもこれが初めてであった。

Kは、この秋から、サンパウロの大学にポスドクで政府系の助成を受けて留学することが決まっている。お互い遠いところに行くのだが、もしNYにトランジットで寄ることがあれば、再会しようと約して去る。

エレベータに乗り込む。アナウンスとともに、手作業で操作されたエレベータは、ゆっくりと降下していった。







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