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2003年05月06日(火) 書評:レーモン・クノー「文体練習」


レーモン・クノーのこの特異な作品の翻訳を、新宿紀伊国屋書店で発見した。翻訳?と少々驚きながら、手に取る。帯の謳い文句が「フーガの技法を文章にした」というところと、大学時代にお世話になり推薦状を頂いた教授が、この翻訳者に翻訳することを薦めたとあったのを読み、購入した。

この作品の特異な点は、その構成にある。ストーリーはきわめて単純である。
「ある混雑したバスの中で妙な帽子をかぶった男性を見かけ、その男性が、他の乗客に文句をいうが、席が空いたらそこにあわてて腰掛けた。その2時間後、別の場所で偶然同じ男を見かけるが、その男のコートのボタンの位置について別の男から助言を受けていた」という短い物語である。

そして、この短い物語が、様々な文体で、ヴァリエーションを付けて記述され、反復される。その数、99。古典文体もあれば、厳格さを追求したものもあれば、女性の視点もあれば、くどいくらいの押韻もあれば、言葉自体を解体するような奇妙な置き換えもある。だから、「文体練習」なのである。

実におもしろいと思ったのは、フランス語の原文を読まなければ、全く理解できない言葉の構築をどのように訳しているか、という点である。この本が、翻訳不能と言われてきたのは、この言葉遊びのためである。

この翻訳者は、はっきりした態度で、原文に忠実な逐語訳を放棄している。そして、使用されているルールをそのまま日本語に適用する。たとえばアルファベの文字を順に文中に組み込んで書いていく章については、50音に置き換えてしまう。ルールに対して忠実であることで、原文の意図したところを再現しようとしたのである。この態度は、迷いがなく、さわやかであった。

さて、肝心の中身であるが、至る所でにやにやしてしまう遊びがふんだんに含まれていて、十分楽しめる作品になっている。ただ、もちろん、これを物語として読むことはできないので、文章によるパズルのような楽しみ方をするのが礼を失しない読み方なのであろう。

さて、「フーガの技法」は私のもっとも好きな音楽である。このバッハ最晩年の傑作は、B-A-C-Hの音を元に、様々なヴァリエーションを展開させていくところにその魅力があるが、この作品にも、構成においてそのように思わせるところがある。実際、著者レーモン・クノーはバッハのフーガの技法を聞きながらこの本を思いついたそうであるから、帯の謳い文句はあながち間違いではないと思われる。

ちなみに、この翻訳で優れているのは、もう一点あって、その装幀である。おもしろい「ズレ」方をしているので、店頭で見かけたらちょっと手に取ってみると良いかも知れない。気分転換におすすめ。















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